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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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166、武士に必要なものを得る弥勒。

「KIRA先輩、KIRA先輩!!」


「んー? って、オッサンかよ。邪魔だ。こっち来んな」


 校内のシーン撮りの待ち時間、台本片手に座る仏頂面のKIRAに、構うことなく話しかける猛者ミロク。

 横にいたKIRAと同じユニットのZOUとROUは面倒事の予感がしたのか、言い合う二人からそっと離れていく。薄情なメンバーの行動を気にすることなく、KIRAが台本から目を離すことはない。


「うん。オッサンなミロクさんだよ。教えて欲しいことがあるんだけど」


「忙しい。無理」


「そんなこと言わないでさ。俺とKIRA先輩の仲じゃない」


「おいやめろ、こっち来んな」


 嫌がるKIRAを物ともせず、彼の目の前でしゃがみこむミロクは自然の流れで上目遣いとなる。オッサンのくせになぜか可愛いオーラを出してきたミロクに「うぎぐぅ」という謎の音を発した若者は、台本で顔を隠して震えている。


「KIRA君?」


「……早く言えよ」


「ありがとう! 助かるよ!」


「あと椅子に座れ。こっち向くな」


 それだと話せないよ〜と言いながらも、背中合わせになるように椅子に座るミロクに、KIRAは小さく息を吐いた。


「あのさ、演技の事なんだけど。KIRA君って、殺気、出せる?」


「は?」


「殺気だよ、殺気。武士には必須じゃないかなーって」


「何言ってんだよアンタ。訳分かんねぇよ」


「えー、KIRA君演技やってきたって言ってたのに」


「何で子役でやってきた俺が殺気出す演技すんだよ……」


「それもそうだね、あはは」


「笑ってんじゃねーよ。てゆか台本にそんなシーンねぇだろ」


「そうなんだけどねぇ」


 肩ぐらいまでの髪を一つにまとめ、おくれ毛が頬に落ちるミロクの整った横顔を盗み見たKIRAは、手に持っていたペットボトルに入っている水をつい落としてしまう。


「うわっ、冷てっ」


「大丈夫ですか!?」


 二人の様子を心配そうに見ていたフミは、茶色のポワポワの髪を乱して駆け寄ると、KIRAの濡れた服を持っていたタオルで拭きはじめた。


「や、別にいいって!」


「よくありません! 役者さんが風邪ひいたら大変です!」


「水かかったくらいだから、乾けば平気だっつの!」


「そんなわけにはいきません!」


 甲斐甲斐しく世話するフミの姿にKIRAの体温はどんどん上昇し、それに反比例するように彼の後ろ側から冷気が流れ込んでくる。

 ゾクッとした寒気を感じて振り向くと、そこには昏い光を目に宿した男が一人……。


「ひっ、マ、マジでやめてくれ! アンタの担当がヤバい! やばいから!」


「え? ミロクさん?」


 KIRAを拭く手を止めてミロクを見るフミの目に入ったのは、優しく微笑む彼の姿だ。つられてフミもフニャリとした笑顔になる。

 途端に桃色になる空気に、ウンザリした顔で場を離れようとするKIRA。そんな彼を引き止めるミロクの様子は穏やかで、先程の人外なオーラを出した人間と同一人物とは思えない。


「どこ行くのKIRA先輩」


「うるせぇよ。放っとけよ。殺されたくねぇよ」


「ええ? そんな事しないよ……あ、もしかして今、殺気出してた? 出せてた?」


「知るかーっ!!」


 無邪気に喜ぶミロクとブチ切れたKIRAを、周りのスタッフは微笑ましげに見ている。フミはオロオロしていたが、とりあえずミロクが笑顔なので良しとする事にしたようだ。







「お姉ちゃん、王子はどこにいるの? 私の王子」


「……由海ユウミ、まだそんな事言っているのですか。あなたの王子は、ここにはいません」


「お姉ちゃん、由海ちゃんに優しくしてあげて。どうして妹に辛く当たるの?」


「……お母さん」


 妹を、妹だけをとにかく可愛がる母。そして自分が世界で一番可愛いと思っている妹。

 確かに妹の由海は可愛いと、美海は客観的に見て思う。しかしそれは世間一般よりも少し可愛いという程度だ。

 アイドルになると言い出した美海に、対抗するようについて来た由海。あのCM撮りの日、体調不良だった美海の仕事を奪った上に、王子とやらに言い寄り現場をメチャクチャにした挙句、プロデューサーから怒りを買って契約解除となった妹。


(この子は一体何がしたいのか……)


 美海の唯一の救いは、母親と離婚して一緒には暮らしていないが、彼女を応援してくれる比較的常識人な父親の存在だ。

 自分を甘やかしたい母親と妹には、自分以外を思いやる心が無い。母親と妹の間にある絆も、美海から見れば危うく脆いものだ。お互いがお互いを甘やかすだけの関係など崩壊する未来しか見えない。


(それでも止めたかったんだけど、所詮非力な少女には無理という事で)


 ギャーギャーと喚く妹の声に辟易しつつ、美海は未だ自分をアイドルだと思っている彼女に、なんともいえない気持ちになる。もう限界と声を荒げようとした美海の横をふわりと甘い香りが掠める。


「もうすぐ出番だよ。美海さん」


 その甘い香りと同じくらい甘い笑みを浮かべたミロクの姿に、日頃より冷静沈着を心がけている美海の心臓は跳ね上がる。もちろんそれは目の前にいる母親と妹も同じだろう。


「あ、は、はい。今、行きます」


「美海さんメインなんだから、遅れたらダメだよ」


 ウイッグの髪を揺らして首を傾げる様は、さすが『王子』と言われるだけあって可愛い。そしてあざとい。


「すみません。今向かいます」


「王子様! 私の王子様! 私を迎えに来てくれたんでしょう!」


 慌てて現場に向かおうとした美海の前に、飛び出して何事か叫び出す妹の由海。一体何を言い出すのかと制止しようとする美海の口にそっとミロクの指が触れる。


「!?」


「大丈夫」


 ミロクが微笑んだ次の瞬間、体温が上がったはずの美海に悪寒が走る。それはあんなに好き勝手行動していた妹の由海も同じらしく、彼女の顔は真っ青になっていた。


「関係者ではないですね。撮影場所から離れてもらえませんか」


「あ、で、でも、わた、わたし」


「先程より騒いでいますね。たとえご家族でも撮影を邪魔する人間は……」


 青白く冷えた月のような、酷く整った横顔に表情は無い。言葉の最後美海は聞き取れなかったが、なぜか母親と妹には聞こえたらしく、二人の顔から一気に血の気がひいていく。へたり込む妹から視線を外し、何事もなかったかのようにミロクは歩き出す。

 その後ろをついて行くか迷った美海だが、それは一瞬のこと。

 何かから解き放たれたかのように彼女は足取り軽くミロクを追って行った。





お読みいただき、ありがとうございます!


ドラマ編の本編を書くか迷いながら話が進んでいますw

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