165、白と黒の弥勒。
今日のドラマ収録現場は、都心から外れた大学の付属高校だ。そして校門前に立つミロクは、ポニーテールに高校生の制服というツッコミどころ満載の姿。
「ミロクさんが髪を長めに整えられていたので、ウィッグが使えて良かったです」
「ちょっと頭が重いですね」
可愛らしく首を左右交互に傾げて結わえた髪をユラユラさせているミロクは、とてもじゃないが三十代に見えない。ヨイチやシジュよりも体格が小さいミロクだからこそ為せる技?だろう。
「さすがに高校生はキツいと思うんだけどなぁ……」
ヘアメイクのスタッフがミロクから離れたため、一人残された彼は今更な言葉を呟く。大丈夫だと言われてはいるが、実際に高校の制服を着てみると恥ずかしさがジワジワ湧き上がってくる。
以前お呼ばれされた高校の文化祭で着た制服は、あくまでも『コスプレ』だった為、どんな格好でも気にすることはなかった。所詮お祭りであり賑やかしであったからだ。
その時も今回も、シジュは「似合いすぎる!」と大爆笑していたし、ヨイチは口に手を当てたまま肩を震わせていた。なんとも失礼なオッサン達である。
「はい!では司の登校シーンいきます!」
脇役の生徒達も、それぞれに登校する配置でスタートを待つ。その中でミロクは先ほどまでの柔らかな空気から、一気に引き締まったものへと変わっていく。
彼の武器の一つは想像力。原作を読み込んで『弥太郎』の人物像を自分に当てはめて消化させ、さらにそこからどういう『空気』をまとうのかを想像して、その『空気』を創り出すのだ。
自己紹介でも見せた、そして第一話の収録での鬼気迫る演技だったミロク……弥太郎は、今再び強い意志を宿し、己の主君とそっくりな司の元に馳せ参じる。
ほのぼのとした登校シーンである場面に、まるで戦に赴く兵士のように司の前に弥太郎は跪いた。
「な、なんだよアンタ」
「殿……いや司様、どうかこの弥太郎めを側に置かせて頂きたく!何卒お願い申し上げます!」
「なんで俺、なんだよ」
「それは無論、我が主でありますれば!」
「だから違うって言ってんだろ!!」
『カット!』
「え? 間違ってました?」
「おいNG出してんじゃねぇぞ」
その幼さが残る可愛らしい顔立ちとは裏腹に、ドスの効いた声でミロクに怒りをぶつけるKIRAは、監督から呼び出しを受ける。彼ではなく自分という所に驚きつつも、素直に応じると途端に監督からカミナリを落とされる。
「さっきのセリフ、ここで言ってみろ『だから〜』だ」
「『だから違うって言ってんだろ!』」
「このセリフを言う司は、どういう感情なんだ?」
「弥太郎をしつこい奴だと思っている気持ちかと……」
「ならそうやって演技しろや」
そう言うと監督は再びメガホンを取り、モニター前に戻って行く。ミロクは悔しそうに俯くKIRAをしばらく見ていたが、クスッと笑って側に行く。
「KIRA君、ドンマイですよー」
「……」
「KIRA君、ファイトー」
「……」
「KIRA君……えーと」
「しつけーな!! 黙ってろオッサン!! しかも励ます種類少なすぎだろ!!」
「あはは、じゃあそんな感じでいきましょうね。センパイ」
ニコリと微笑み、スタートの立ち位置に戻るミロクの背中を見送るKIRAは、先程よりも悔しそうな顔をしていた。
「お疲れ様ですミロクさん、長髪も似合いますねっ」
「ありがとうフミちゃん」
控え室に戻るとマネージャーのフミがおしぼりを渡してくれる。その甲斐甲斐しさにミロクは嬉しそうに笑うと、目の前の彼女はうっすら頬を染めて微笑む。ミロクの大量フェロモンを浴びてそれで済むのは、フミの一種の才能だろうか。
「ヨイチさんとシジュさんはスタジオ?」
「はい。あの二人は室内の撮影が多いですから……あの、ミロクさん」
「なに?」
「大丈夫、ですか? 初めての演技で、初めてのドラマ撮影です」
茶色のポワポワな髪を揺らし、心配そうにミロクを見るフミの目は真剣だ。彼女の様子にミロクの心に嬉しさと愛おしさが溢れる。
「フミちゃん!!」
「うえぇぇ!?」
「ありがとうフミちゃん!!」
「そ、そそそそんなおきになさらずー!!」
ムギュッとミロクに抱きしめられたフミは、服の下の彼の筋肉と甘い香りに翻弄される。ある程度ミロクのフェロモンを受け流せるようになったフミでも、彼の直接攻撃には為す術もない。
「いけ、王子そこだ、チューしろ」
「なかなか良いタイミングで出てくるね。君は」
「み、みみみ美海さん!?」
ピャーッと自分から離れるフミを残念そうに見てから、ミロクは視線を美海に戻す。その目は若干すわってはいるものの、フミの限界でもあったようだからそこまで邪魔されたとは思っていない。が、面白くはない。
「大人の時間に入ってくるなんて悪い子だね。悪い子には……お仕置きしなきゃ」
「む……」
ミロクの黒い笑みに腰が引けている美海。ちなみにフミは顔を真っ赤にして「お、お、大人の時間……」とブツブツ呟いていてミロクの黒い笑みを見ていない。惜しい。
「冗談はともかく、ノックも無く入って来たのは何かあったから?」
「はい。私はこれから撮影に入ります。そして母が妹を連れて見学に来るそうです」
「え? そうなの? あんな事があったのに俺達がいる現場に来るなんてすごいね」
「はい。我が妹ながら、その不可思議な思考回路に呆れを通り越して感心するばかりです」
「それで、君はどうしたいの?」
「はい?」
てっきり母と妹を排除する方向にいくと思っていた美海は、呆けた顔でミロクの整った顔を見た。
「美海さん、協力しますから何でも言ってください。ミロクさんはそう言いたいんですよね」
回復したフミが笑顔でミロクを見ると、彼は目尻を赤くしながら咳払いをしている。そんな二人の様子に美海は小さく息を吐き、いつもの美少女然とした顔ではない年相応の笑顔を見せる。
笑顔で向かい合う可愛い人と美少女に心癒されつつ、さてどうしたものかと、ミロクはその形の良い顎に手を当て思案していた。
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