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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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164、お悩み相談からの忍びよる者。

遅くなりましたー

 遠慮がちなノックの音に、ミロクは立ち上がりドアを開ける。


「いらっしゃいませ。ああ、先生じゃないですか。お久しぶりですね。どうぞいつもの席へ」


「え? えええ?」


 慌てる女子高生作家に構わず、ミロクは会議室の奥へとエスコートする。目を丸くしている男性編集者に目配せすると、何かを感じ取ったらしく軽く会釈をしてドアを閉めてくれた。一応ドアの前で待機するらしい。


「マスターも寂しがってましたよ。若い女の子は貴重なのにーとか言って」


 クスクス笑うミロクに「無駄口叩いてんじゃねぇよ」と言ったのはシジュで、会議室に置いてあるコーヒーメーカーから作ったカフェラテを彼女の前に置いた。


「久しぶりだな。ま、ゆっくりしていけ」


 ニカッと笑うシジュに、釣られてニヘラと笑う若き女性作家は少し肩の力を抜いて、ドリップしたコーヒーを一口飲んだ。そんな彼女の様子にミロクもホッとする。

 ここは非日常の世界。

 普段やっている『ラノベごっこ』やコント、芝居のような設定で、シジュとミロクはヨネダヨネコに応対することにした。

 それは、彼女の日常である『執筆活動』から目をそらすと同時に、彼女の設定を作家にする事で悩みも聞ければ良いと思った一石二鳥作戦である。

 最悪、彼女の気分転換ができれば良いのだ。今回の小芝居には多くを望まないし、早々上手くはいかないだろう。


「オーナーは別件で不在ですけど、先生のこと心配してましたよ。あ、甘いもの食べます?」


「いえ、あの、大丈夫です。最近太ってきちゃって……」


「んな年でダイエットとかねぇだろ。飯はちゃんと食えよ」


 喫茶店のマスターという設定の割には粗野な言葉遣いのシジュに、ミロクは「接客は丁寧に!」と注意する。


「それで、先生は大丈夫なんですか?」


「へ? あ、はい?」


「顔にスランプですって書いてありますけど」


「ええ!?」


 そんな顔をしていたのかと慌てて俯く彼女が、悪戯が成功したように笑うミロクの顔を直視しなかった事は、彼女にとって幸せだったと思われる。


「あはは、いや、川口さんに言われたんですよ。俺にそんな能力なんかないです」


「ミロクの能力はフェロモンだしな。フェロモン王子」


「うるさいですよ、野獣子どもタラシ」


「その二つ名はイヤだ!」


 二人のオッサンのやり取りにクスクス笑う女子高生。そろそろかとミロクに目配せしてシジュは口を開く。


「悩んでるところ悪いけどよ、もし良かったらミロクに先生の仕事を教えてもらえないか?」


「仕事、ですか?」


「こいつ、こう見えてラノベっつーのが大好きで先生のファンだろ。先生みたいに文字書きやってみたいけど書き方が分からねぇって」


「先生、よろしくお願いします!」


 にっこり微笑むミロクのフェロモンに翻弄されつつ、将来有望な女子高生作家は急きょオッサンたちの頼みで、ラノベ講習会を開く事となった。








「いやぁ、何とかなりそうですねシジュさん!」


「おう、まさかこんなに上手くいくとはなぁ」


 長丁場になると思われた『打ち合わせ』は、一時間弱で終わった。

 ミロクに小説を書く事とは、という出だしの部分を語り出したところで、彼女の問題はほとんど解決していたと言える。

 良い方向に進んで何よりだと、まだ日の高い銀座を歩く美丈夫二人。

 しかも二人とも完璧に着こなしたスーツ姿。

 ミロクは足取りも軽く笑顔でフェロモンばら撒き、シジュに至ってはネクタイが苦しいと解く動作をしてすれ違ったマダムを一瞬に虜にする始末だ。

 彼らが出歩く今が、平日午後の人通りが少ない時間帯だったのは幸いである。


「そういえば、悩みっていうのは口に出した時点で半分は解決してるって誰かが言ってましたね」


「それなー。俺もどっかで聞いたことあるな」


「自分の悩んでいる理由が分からないと、なかなか難しいですよね」


 ミロクにも覚えがある。というよりも、彼の場合最近悩みがないのが悩みだったりする。


「俺の悩み……強いていえば、フミちゃんとどうやって進展しようかってところですよね」


「おま、あれ以上やる気か? 普通は犯罪だぞ?」


「はは、何言ってるんですかシジュさん。フミちゃんが拒否するなら俺は諦め……あきらめ……ど、どうしましょうシジュさん! 俺、フミちゃんにフラれたら確実にストーカーになりそうですよ!」


「だーっ! しがみつくな! 絶対フラれねぇよ!」


 いい歳した男がみるみる目に涙をためて、それがハラハラ落ちる様を見ると『美しい』としか表現できないシジュは、美人(男)に懐かれても嬉しくないと冷たくあしらう。

 どうせミロクも本当にフラれるなどと思っていないのだ。爆ぜろ。


「そうですよ。爆ぜろですよ」


 シジュは一瞬自分の心の声が漏れていたのかと固まり、そんなシジュの背中に乗っかっていたミロクは後ろから聞こえた声に振り返る。


「えーと、美海さん?」


「はい。美海です」


「いつからいたのかな?」


「ずっとですが」


「ずっと?」


「ヨイチさんが恋人の方を担いで行かれてから、ずっとミロク王子の近くにいましたよ。ちなみに着替えは見ていないです」


「当たり前だよ!」


 一体何なんだと混乱するシジュに、事のあらましを伝えるミロク。美海もうむうむと鷹揚に頷いているのを見て、シジュはぴしりと少女の額にデコピンをする。

 今の彼女の服装は、344(ミヨシ)のイベントで見た時と同じような、フリルやレースをふんだんに使った可愛らしいワンピースを着ている。

 こんなに目立つ服装でいる少女に気づかなかった自分達が怖い。


「役になりきるんですよ。今の私は会議室の椅子……とか」


「マジかよ!」


「嘘です」


「嘘かよ!!」


「さっきまで近くの喫茶店で読書してました。もちろんヨネダヨネコ先生の本です」


 電子書籍ですが……と、通ぶった事を言う美海に、ミロクは「そういえば」と思い出す。


「はい。ドラマでは私のメイン回もあるので」


美海は美少女らしからぬニタリとした笑みを浮かべ、その顔やめろとシジュに再度デコピンをくらうのであった。



お読みいただき、ありがとうございます!

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