163、打ち合わせは出版社にて。
遅くなりましたー
地下鉄から出ると一月の冷たいビル風に対し、寒さに弱いのかニナは耳を押さえて動かずにいる。そんな彼女の様子を見てスマホを取り出したシジュは、周りの騒めきに気づいて辺りを見回す。
「やっぱりシジュさん! どうしたんですか!?」
「やっぱり〜は、こっちのセリフだ。お前またそんな無防備に素顔晒しやがって……」
「ジャージなら平気かなーって」
「んな訳あるか」
シジュはスーツの入った袋を弟分の頭にポフンと当てる。大して痛くもないだろうに「痛っ」と言うミロクのやたら嬉しそうなその笑顔を見ると、シジュもこれ以上強くは言えずに苦笑する。
「お兄ちゃん。これ?」
「ありがとうニナ! 仕事大丈夫?」
「事務所に後で請求することにして、ヘアセットまでするから平気」
「あそこの店長さんには頭が上がらないなー」
「んで、どこで着替えるんだ? 今から打ち合わせする出版社はここからすぐだろ?」
「サイバーチームに連絡したら、ここのビルの一室貸してくれるって言ってました」
「なぁ、サイバーチームって……や、何でもねぇ」
「はは、変なシジュさんですねぇ」
ミロクも、彼の妹であるニナも平然としているのを見て、シジュは自分のだけ思考がおかしいのかと首を捻る。
そもそも平日の真昼間に、レンタルルームである訳でもないオフィスビルの一室を、明らかにこのビルの会社と繋がりのない自分たちにホイホイと貸してくれるものなのだろうか。
そして何よりも「こういうこと」を普通にとらえている大崎兄妹も謎だ。
(ヨイチのオッサンが色々コネ持ってるのは分かるが、ミロク達もよく分からん奴らだよな)
本来のシジュは人間不信、特に女性不信であるためミロク達も警戒対象に入るのだが、不思議と大崎家の人間には何も感じない。当たり前のように彼らを受け入れているシジュは、そんな自分の心境に驚いていた。
「シジュさん行きますよー」
ニコニコご機嫌なミロクの笑顔に、女性達が黄色い悲鳴をあげているのをニナは渋い顔で見ている。深くは考えまいと軽く頭を振って、シジュは止まっていた足を動かすことにした。
「急に打ち合わせをお願いしてしまって、如月社長に無理をさせてしまいました。ミロクさんとシジュさんに来ていただき助かります」
どうやら約束したのは日にちだけで、時間の指定は無かったらしい。ペコペコ頭を下げているのは、以前344(ミヨシ)がアニメ雑誌のインタビューをうけた時の、担当編集者の男性だ。
「344のメンバーお一人でもと思って依頼したのですが、本当にお休みのところ無理を言いまして」
「ヨイチさんは俺らを休ませて一人で来るつもりだったんですね。水臭いなぁ」
「ま、あのオッサンらしいよな」
「いやいや本当に助かります!」
軽くヘアセットをしたニナは仕事場に戻るため、ここに来る前に別れて来た。なぜかシジュがニナを心配しているようだったのが、ミロクは何かあったかと思うが何も聞かなかった。何かあれば彼から言うだろうと知っているからだ。
そんな彼らが出版社に到着するやいなや、頭を下げる男性編集者に迎え入れられた。心なしか疲れているようにも見える男性……川口は、かの有名なラノベ作家ヨネダヨネコの担当編集者でもある。
「いや、実はですね、うちの先生がスランプ……といいますか、筆が止まってらっしゃるようで」
「はぁ。ええと、ヨネダ先生ですよね? 今回のドラマの脚本も書かれていて……」
「そう。その脚本なんですよ。今日ミロクさん達がお休みなのも、それが絡んでまして……このままだとミロクさん逹はともかく、最終的に編集される方々にデスマーチが流れます」
それはもう高らかにと、映像と活字という違うように見えて、同じメディアという世界の編集に携わる人間として何か感じるものがあるらしい。
大きくため息を吐いた川口は、メガネをクイッと指先で上げると再び口を開く。
「そこで、少しでも良いのでヨネダ先生にインスピレーションというか、何か与えていただければと……」
「インスピレーションって言われても……」
ミロクは困った顔をしてシジュを見る。こういう話なら一人じゃなくて良かったとミロクはホッとしているが、当のシジュも困惑を隠せない。
「なぁ、脚本っつっても原作の小説があるんだろ。それじゃダメなのか?」
「そうですね。原作どおりにする必要はないんですよ。ですがそこにプロットという話の骨組みみたいなものがありましてね」
「はぁ」
「こう、起承転結みたいな、そういうのはドラマの制作側との話し合いで決まっているので、余程のことがない限りは変えられないのです」
「ほう」
「それで、私も担当として恥ずかしながら今回の一件で初めて知ったのですが、ヨネダ先生はそういう『骨組みに沿って書く』というのが苦手だったんですよ」
「そ、それは……」
「脚本を書く人間として、致命的じゃねぇか?」
「おっしゃる通りです……」
漫画で表現するなら、体からはみ出るくらい縦線が入っているような川口は、メガネをとって手で顔全体を覆う。
「あんな涙目で『川口さんどおしましょう、私は作家として失格なのでしょうか』と言われ、担当編集である自分は無力で、もう先生が可哀想で可愛くて萌え萌えになってもうっ……!!」
「お、落ち着いてください川口さん、出てはいけない部分がダダ漏れていますよ!」
「おい、本当にこいつが担当でいいのかよ……」
「先生とは家族同士のお付き合いですが何か!」
慌てるミロクの横で呆れたように呟くシジュに、川口はキリッとした顔で言い放つ。いや、キリッとしている場合ではないだろう川口青年。つっこむ気力もないシジュは、やれやれと肩をすくめる。
「俺らが先生に出来ることなんて少なくねぇか?」
「いや、先生は隠れ344(ミヨシ)ファンなんです! きっと何か感じてくれる……少なくとも今より悪くなることは無いと思います。先生は今日はここで執筆されているので、会ってやってください。お願いします!!」
「俺は良いですけど……ねぇシジュさんも」
「そうだな。ドラマは成功させてぇしな」
「ありがとうございます!!」
ミロクはシジュの言葉に素直じゃないなぁと思うが何も言わない。素っ気ない態度をしていても、自分の兄貴分の彼は優しい男なのだ。
担当作家を呼びに行っている川口が戻るまで、さてどうしようかとミロクとシジュは話し合うことにした。
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