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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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158、ドラマ撮影の初回。

 往々にして、ドラマ制作ではシーン毎に撮ることが多く、脚本の順番通りに撮影することが無いそうだ。しかし今回のドラマ『男子高校生の俺は家臣と同居を始める』略して『ダンカシ』は、監督の意向で比較的ストーリーの流れをそのままに撮るようだった。

 故に、最初のシーンは主君の亡骸を前にしたミロク扮する家臣『弥太郎』が、彼の後を追って自害する所からスタートである。


「おい」


「ん? 何ですか?」


 白い寝間着姿の若手アイドルKIRAは、布団に入ったままミロクを睨みつける。


「お前は気にくわないけど、俺は子役でドラマ撮影をこなしてきた演じ手としてもプロだ。だから俺は本気で演技をする」


「はぁ……」


「監督からお前は初めてだって聞いた。自己紹介のアレが出来んなら、アレ以上でやれよ」


「はぁ……」


 シャイニーズ事務所のアイドルとはいえ、しっかり俳優もこなせるからこその主役抜擢なのであろう。KIRAは激励だか何だか分からない言葉をミロクにかけ、そのまま目を閉じるとメイクの効果もあり本物の死体のように見える。


「KIRA君」


「……」


「まずはリハーサルからだから、まだ死体じゃなくても大丈夫ですよ」


「……っ!! うっせ!! 知ってっし!!」







 そんなミロクとKIRAのやり取りを、カメラの後ろでヨイチとシジュは苦笑して見ていたが、ヨイチはコソコソと側に来た若者二人に気づき表情を消す。

 KIRAと同じアイドルグループのメンバーである、薄茶色の髪の少女のように見える華奢なROUとメガネをかけた黒髪の青年ZOUが、年長者二人にペコリとお辞儀をした。


「「先輩方、よろしくお願いします」」


「僕は君達と事務所も違うし、君達の先輩ではないよ」


「俺も芸歴っつーのは無いし、アイドルの先輩じゃねぇぞ?」


「いや、それは……」


 華奢な方のROU(本名は一郎太)という少年は、決まり悪そうな顔で俯く。そんな彼の様子に淡く微笑むヨイチ。


「僕らを見張るように、言われたのかな?」


 ヨイチはその切れ長な目で彼らを威圧していたが、思わず顔を上げるROUの慌てている様子に、表情を柔らかくさせて微笑む。身構えていたシジュも彼らの様子に首を傾げる。


「ボク、副社長派とか言われていますけど、別にそういうんじゃなくて……今でもボクにとってヨイチ先輩の『アルファ』は完璧なアイドルで、憧れで……」


 話しながら顔がどんどん赤くなるROUの言葉に続くように、メガネのZOU(本名は権三)も興奮したように声を上げる。


「そちらのシジュさんだって、伝説のダンスもぐがぁ!?」


「おい、メガネ割られたくなきゃぁ、その話題を二度すんなよ……」


「ひ、ひゃいっ」


 アイアンクローで額を鷲掴みにされ、獰猛な肉食獣にでも睨まれたような感覚……そんな恐怖が一気に襲いかかってきたメガネくんは、青ざめた顔でコクコク頷いた。


「シジュ落ち着いて。彼らは僕らに何かしようと思っている訳じゃなさそうだから」


「す、すみません。自分の父親が若い時にシジュさんに影響されてダンスやってて、それで自分はシャイニーズに入ることも許されたんで、つい……」


「何っ!? 父親……だと!!」


「シジュ落ち着いて。誰しもが通る道だから」


 そんな事を老若?アイドル四人がなんだかんだ言い合っている間に、撮影は本番を迎える。

 






 フミは手に濡れタオルを持って、身じろぎもせずに散っていく桜と美しき若武者の、その白い肌が赤く染まっていくのを見ていた。

 武士らしい死に様だった。懐剣で自らの腹を切り、介錯を頼む事なく、弱っていく鼓動が血を送り出すのに任せている彼。死を前にしても笑顔でいるのは、己の使える主人の側にいるからなのだろうか。唇から伝う一筋の血でさえ彼の存在を彩る一つの「色」であり、その肌の白さと血の赤さのコントラストで壮絶な美しさを見せていた。


「はい、カットー」


 どうやら一発OKが出たらしく、撒かれた血のりの処理に追われるスタッフの間を器用に潜り抜け、ミロクにタオルを差し出すフミ。ミロクは弥太郎の演技から目が覚めたように頭を振って、心配そうに自分を見るフミに向かって微笑む。


「モニター確認しに行きましょう」


「確認?」


「ええと、今の撮影で大丈夫か私達も確認するんですよ。女優さんでよくいらっしゃるんです。見せたくないものが見えたりするって」


「ああ、なるほど」


 確かにそれは困るだろう。自分も客観的に見たくてモニターの側に行くと、映像をチェックしている監督たちと目が合う。その目は少し揺れていて、何やら深刻な感じだ。


「俺も確認しようと思いまして……何かありました?」


「いや、うーん、何というか……」


 スタッフ達の言いづらそうな雰囲気に、ミロクは不安になる。

 撮り直しになれば衣装ごと替え、血に濡れた畳も交換となり色々と(時間も費用も)かかってしまう。一回で撮るために、かなり手をかけ準備をしてきたスタッフ達は、ミロクを責めるわけでもなく、何かに悩んでいるようだった。


「どうしたんだい、ミロク君」


「ヨイチさん、俺、なんか失敗しちゃいました?」


「そんな事ないと思うけど……」


 モニターを確認するスタッフの様子に何かを感じ、ヨイチは監督の元へ行く。不安がるミロクの側には、フミとシジュがついていた。


「監督?」


「ああ、ヨイチ君。本当に彼は逸材だよ」


「それは知ってます。で、何か問題でも?」


「現場単位でも迫力のある演技だった。それを映像として、()として切り取った時に彼の魅力というか、そのリアルな色気が、ねぇ……」


 モニターには血を吐き、苦しそうにしながらも微笑むミロクの……弥太郎の姿が映っている。ヨイチはそれを見て監督が何を言いたいのか納得した。


「そうですね。これが大河ドラマならば、これくらい大した事ないでしょう。でも監督、これをカット出来るんですか?」


「出来るわけがない。ただ君らはともかく、他の演者から浮かないか?」


「おや、僕らを高く買ってくれてますね」


「見りゃ分かるし、お前さんとは経験済みだ」


「監督!!」


 ヨイチと監督が話していると、白い寝間着姿のKIRAが真剣な顔をして立っている。ミロクの飛ばした血のりのついた顔をそのままにして来た為、彼のマネージャーの男性が慌ててタオルを渡そうとしているが、それに構わず監督に向かって強い口調で言葉を出す。


「こんな奴の演技、大したことはねぇ。俺にだって出来る」


 その言葉に反論しようとするフミを慌ててシジュが止めている。


「君は、これで構わないと? かなりキツくなるぞ」


 今回この監督がドラマの仕事を受けたのは、ヨイチの過去に対するケジメのようなものだった。それは手を抜くということではなく、連続ドラマとして監督の仕事をするつもりだったということだ。

 マラソンで短距離走の走り方をしない、そういうことである。

 それをこの若手アイドルの彼はやってみせると言う。


「わかった。このままでいこう」


 騒めくスタッフを無視し、次のシーンへの指示を出す監督の背に一礼したKIRAは、そのまま着替えの為に控え室へ行くようだ。そんな彼は自分を見るミロクに気付き、顔を真っ赤に染めた。


「お、お前一人に時間かけられねぇんだよ! あれくらい俺にも出来るんだからな!」


 大声で叫ぶと、逃げるように去る彼にオッサン三人は笑いを堪えるのに必死だ。しかしフミはそうでもないようで……


「あのミロクさんを見て心うたれないなんて!」


「まぁまぁ、おさえてフミちゃん」


「本当に……本当にミロクさんが死んじゃうかと思うくらい、だったんですから」


 小さく体を震わせ眉を八の字にして言うフミに、ミロクは心うたれ、しばらく悶える羽目になった。





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