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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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157、ドラマ撮影前の一コマ。

「ああ、君かぁ。この前はありがとうね」


「!?」


 まるで近所の知り合いの子供に声をかけるような気安さで、女子高生の衣装を着た少女に声をかけるミロク。かけられた側の少女は驚いたのか、立ち止まって無言の状態だ。


「ん? ミロクの知り合いか?」


「イベントに来てくれた子ですよ」


「……お前、イベントに来た人間を全員覚えるとか言わねぇよな?」


「何言ってるんですか。俺がお姫様抱っこした子ですって」


「……は?」


 紺色を基調としたブレザーに、白いブラウスと赤いタイ、前髪は下ろしメガネをかけ、長い髪は低い位置で二つに結わえている。注目すべきは膝丈のスカートだろう。かなり地味な衣装である。


「この前の格好も可愛かったけれど、今日のも似合っているね。この前の自己紹介の時は居なかったみたいだけど」


「……他の仕事……あったので……」


「そうなんだ。じゃあ、今日からよろしくね」


にこりと微笑んで手を差し出すミロクに、少女は一歩引くとぐるりと後ろを向き、そのままダッシュで走って行ってしまった。


「あ、あれ?」


「ミロク。自重」


「いやいや、今のは普通でしょう!?」


ため息を吐きながら言うシジュに、不満気に言い返すミロクは内心首を傾げる。


(やっぱりあの子、どこかで見た事あるような気がするんだよな……)


「それにしても、俺も結構女性のギャップとか見慣れてるはずなんだけど、ミロクには敵わねぇな。ヨネダ先生の事もすぐ気づいたろ?」


「え? ああ、そうですね。癖みたいなものなんですよ。人を観察するのって」


「お前、それ絶対別の職業に活かせるぞ。警察とかそういうやつ」


「まぁ、それも前の仕事辞めた時に考えましたけど、集団に入るのに疲れちゃってて、年齢制限もありましたし……あ、でも探偵とか考えました」


「知り合い探偵いるけど 、ミロクには合わねぇかもな」


「探偵の才能とか、ですか?」


「いや、体力」


「……諦めます」


「おう、そうしとけ」


 メイクしているスタッフ達は、彼らの会話にクスクス笑っている。それを見て不貞腐れた顔をするミロクの様子に、さらに笑いが広がる。

 ミロクの武士メイクは少し時間がかかるため、シジュは暇つぶしに話し相手になってやっている。……と見せかけて、実はミロクを一人にしないようにしている。

 さすがにドラマに携わるスタッフ達はプロとして意識が高いため、そうそうミロクのフェロモンにやられたりはしない。しかし、今回の仕事は最初から問題になりそうな火種が多い。そこでヨイチとシジュとフミは、交代にミロクに付くことにしたのだ。


「ミロクは長髪も似合うな」


「シジュさんこそ、白衣似合ってますよ」


 第一話の収録は、主要人物がほぼ登場することになっている。もちろん生徒役も全員登場するし、話数が重なるごとに生徒数人にスポットを当てる話もある。先ほどの少女の不自然なくらい地味な衣装は、この先の伏線である事を原作を読み込んだミロクは知っている。


「お、ミロク君武士スタイルが格好良いね。さっきは珍しく女の子に逃げられていたみたいだけど」


「ヨイチさんこそスリーピースのスーツが似合ってますよ。さっきの見てたんですか?」


「彼女だよ。CMの件の……」


 メイクスタッフが離れたタイミングでミロクに近づき、静かな声で伝えるヨイチの顔は穏やかな笑みを浮かべたままだった。それを見て動揺していたミロクは深呼吸して平静を保つ。側にいたシジュは一瞬顔をしかめるが、すぐにいつものダラリとした雰囲気に戻った。


「デビューが取り止めになった子の、お姉さんでしたっけ」


「あの人が言うには、この件に関して何か行動をするタイプではないと言っているけどね。イベントに来ていたからね」


「ヨイチさんは気づいていたんですか?」


「いや、あの時の彼女は事前にもらっていた宣材写真とは全然違っていて、僕は気づかなかったけど会場で警備していたサイバーチームが教えてくれたよ」


「うちのサイバーチーム強えぇな」


「ミロク君にも見せていれば良かったね」


「いや、見てなくて良かったですよ。俺慌てておかしな態度とっていたかも」


 リハーサルが始まるという呼びかけで向かう三人の前を、主人公を演じるKIRAがミロクと同じく長髪姿で横切る。格好はミロクと違い白い寝間着の姿だ。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 頭を下げるミロクに対し、KIRAは何も言わずに早歩きで撮影現場へと向かってしまう。思わず何か言おうとするシジュの腕に、ミロクはそっと手で触れて止めさせた。


「KIRA君!」


 ミロクが追いかけて呼びかけるも無視して歩き続けるKIRAだったが、慣れない着物と履いているスリッパのせいで転びそうになる。


「うわっ、しまっ……」


転倒の衝撃を予想して、体を固くして目を閉じるKIRAは、温かく甘い香りに包まれているのに気づく。


「あぶ……なかったぁ……」


 滑り込んでKIRAを受け止めたミロクと、そのミロクを支えるヨイチとシジュ。そして功労者であろうミロクは早速兄二人に怒られる。


「こら! 受け身とれても君一人じゃなきゃ意味はないんだよ!」


「馬鹿かお前は! 支えきれねぇのに飛び出すな!」


「だって、転んだら痛いじゃないですか! かわいそうでしょう!」


無意識の行動だったらしいミロクの言葉に、やれやれとため息を吐くオッサン二人。その一連のやり取りを見ていたKIRAは、我に返りミロクの腕から抜け出す。


「よ、余計な事してんじゃねぇよ!」


捨て台詞とともに足早に去る彼を、呆気にとられて見送る三人。


「今のは、なんと言うか」


「ツンデレかよ。あの台詞は聞いてて恥ずかしいぞ」


「顔真っ赤でしたね」


顔を見合わせて思わず吹き出すオッサンアイドルに、生徒役の子達から黄色い声が上がる。そこへ向けて手を振る彼らに更に歓声が上がった。


「年末のテレビ効果ですかね」


「違うと思うよ。ねぇシジュ」


「おう。自己紹介効果だろ」


自己紹介で何をしたのか思い出せず、キョトンとした顔をするミロク。彼が弥太郎になりきって自己紹介をした事で、344(ミヨシ)を知らない役者達に対し強い印象を与えたのだ。ミロクにその自覚は無いようだ。


「ま、いつもの事だね」


「相変わらずだな」


「なんなんですか! もう!」


二人はプリプリ怒るミロクを宥めつつ、撮影現場へと向かうのであった。





お読みいただき、ありがとうございます!

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