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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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153、自己紹介アピールする弥勒と演技のこと。

 主役のネームプレートには『KIRA』と書かれていた。大晦日ヨイチの策で、とばっちりを受けたシャイニーズ事務所の『実力派アイドル』である。

 他の2人は入り口近くにある「生徒役」と立て札がある、椅子だけ並ぶ所に座っているようだ。髪の色を変えている二人は、他の生徒役と共に風景と同化してしまっていた。

 実力派の俳優も脇に取り揃えているのを見ると、シャイニーズのアイドルを売り出すだけのドラマではないことは明白である。KIRAの経歴には子役でのドラマ経験と舞台経験というものがあった。むしろ売り出すのはオッサンアイドルであるミロク達の方だろう。

 ちなみに、本来なら主役と絡むミロクはKIRAの隣座るはずだが、なぜか監督の側に座らされている。少し離れた場所から鋭い視線を送ってくるKIRAに、ミロクとシジュは苦笑していた。


「あんな怖い顔して、可愛い顔が台無しだなぁ」


「彼にとって俺たちは敵なんですね。残念です」


 スタッフ紹介では皆軽く会釈するだけだったが、出演者紹介では一言必要らしい。一番手は勿論、主役を演じるKIRAである。


「主人公の男子高校生・御堂司(みどうつかさ)を演じます、KIRAです。現役の十代の若さ溢れる学生を演じますので、出演者の皆さん、そしてドラマ初出演の方も、俺について来てくださいね!」


 ニッコリ笑顔で言ってのけるKIRA。自分の若さを武器に大きく出た彼は、ミロクとシジュに目線を送ってから座る。


「ケンカ売られてるって訳か。買うか?」


「いやぁ、それはヨイチさんに任せましょう」


 シジュにそう言いながらクスクス笑うミロク。その主人公と大きく関わる武士……家臣役の彼は挨拶の内容を考えてきていた。しっかりと自分の気持ちを、ドラマへの意気込みを言わなければならないと気合を入れるミロク。

 先程のKIRAの宣戦布告を物ともせず、ゆっくりと立ち上がり足の指で床を掴むように立つ。膝を軽く緩めて静かに息を吐いた。

 それをシジュは知っている。呼吸法で丹田に意識を置き、緊張のためともすれば震える声をしっかりと出す。そして、その姿勢によってまた違う効果も出る。


「主人公・御堂にそっくりな戦国時代の武将に仕える家臣、弥太郎(やたろう)役のミロクです」


 話す時の声ではない、歌うように響く低めのテナーに先程までの笑顔は消えている。肩を下に落とすように首を伸ばすよう意識しつつ、肩を後ろに引いて胸を上に上げるようにすると自然と腹筋と背筋が引き締まる。

 若さと、それとは相反する大人の気迫。そう、彼は武士であり、主人を持つ一人の家臣であり、元服という成人の儀をすませた一人の『大人の男』であるのだ。

 ミロクは、すでに『弥太郎』を演じていた。

 いや、演じていたわけではないだろう。彼は演技に関しては素人以下だ。演じるということの経験のない彼が考えたのは、なりきる、それだけだった。





「演技の仕方?」


「はい。ドラマの仕事をするにあたって、一番の不安がそこなんですけど」


「ミロクなら出来そうな気がするけどなぁ」


「シジュさんは大丈夫なんですか?」


「プロじゃねーけど舞台の経験はあるな。ホストしてる時に客が劇団やってて、ヘルプ頼んできてな」


「シジュさんずるい!」


「何でだよ!」


「まぁ、ミロク君の不安は分かるけど、準備はもう出来ているんじゃないかな」


 年末、事務所の会議室でゆったりと話し合う三人。ドラマ出演の制作開始タイミングを考えると、時間的にゆったりしている場合ではないのだが、ヨイチは焦ることをしていなかった。


「準備? 俺何もしてませんよ?」


「原作読み込んでるでしょ。ヨネダヨネコ先生の」


「それが準備なんですか?」


「原作を読み込むのは基本だね。台本しかなければそれを読み込む。登場人物をよく知っているミロク君は強いよ」


「俺はとりあえず一巻読んだぞ」


「じゃあ、続きはヨネダ先生がサイン本くれたから持っていけば?」


「俺のもあるのか?」


「ヨネダ先生ご推薦のアイドル三人、344(ミヨシ)だからね」


 ミロクは彼女が来襲してきた当日に、しっかりとサイン本を貰っている。そして保管用として自宅に置いていた。普段は自分で買ったものを持ち歩いている。


「読み込んだからって、演技は出来ないですよ」


「演技ねぇ。ミロク君は演技をするの?」


「え? だってドラマに出るって、演技しますよね?」


 首を傾げるミロクに笑顔を向けていたヨイチは、その切れ長の目を閉じ、静かな口調で話し出す。


「君の役は武士で、尊敬する主人の家臣で、忠義に厚く、義を重んじる」


「はい。昔のアニメにもあった『仁義礼智信』は、俺の中で守るべきものです」


「そう、彼には守るべき人がいるんだ。だから君の中で彼がどう動くか。演技指導が入るならその通りにすべきかもしれないけど、今回の監督さんはまず演者にひと通りやらせるタイプだ。そこで君の中にある弥太郎をどう出すか、演技とか今は関係ないと思うよ」


「なるほど」


「僕とシジュは学校の先生だから、そこまで多く出ないだろうけど、一緒のシーンならフォローするから」


「おいオッサン。俺も素人なんだけど」


「ミロク君ならともかく、そんなこなれた感じの素人はいないから」


「扱いの差!」


「あとね、ミロク君は三十代だけど、戦国時代は人生五十年と言われてたくらいだ。早いうちに元服をすませて、どんどん戦に駆り出されていく」


「はい。作中でも弥太郎はひどく大人びていました。たまに見せる十代の少年らしさが光るんです」


「君の見かけはそれだから、あとはシジュから指導してもらうといいよ」





 立っているミロクの空気は、キリリと澄んでいた。

 少し左足を後ろに下げ、共演者を威圧するように視線を送る。


「某は御堂家が家臣、弥太郎と申す。殿の元に馳せ参じ、願わくばその御身をお守りしたく存ずる」


 一人一人に鋭い視線を送るミロクは、最後に主役のKIRAが座る位置で視線を留め、ふわりと微笑んだ。その瞬間空気が変わり、甘く柔らかい何かが広がっていく。


「殿、異なる世であれ、またお会いできて嬉しゅうございます」


 その笑顔に脚本担当は号泣し、監督は目を輝かせ、殿と呼ばれた若者は酸欠の金魚のごとく口をパクパクさせている。そしてボソリと呟くシジュは呆れ顔だ。


「やり過ぎだ」


 自分一人じゃミロクのお守りは無理だったと、ため息を吐いて言い訳を考えているシジュだった。










お読みいただき、ありがとうございます!

ドラマ編、本格的な突入の前に大きなイベントが……


次回もよろしくお願いします。

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