閑話12、若葉こむぎ(16)の場合。
そもそも彼女に才能があった訳ではない。人より少しだけ言葉の選択が上手かっただけなのだ。
若葉こむぎ。十六歳。高校一年生も残すところあと数カ月。
四才でひらがなと簡単な漢字が読めるようになってから、図書館に毎日通い続けた幼少期。棚の端から順番に本を読み漁る幼児に、周りの大人はドン引きだった。ジャンル問わず読み漁る彼女は、中学生の頃にネット小説という存在に出会う。
それは本当に夢のようなサイトだった。
素人とはいえ、小説家を目指す人間が日々小説を書き、サイトにアップしていく。それを無料で読めるのだ。もう一度言おう。無料で、読めるのだ。
お金がない学生の身として、こむぎは大喜びでサイトにハマっていった。
そして書く人達に憧れ、多くの人が思うように彼女も小説を書いてみようと思ったのは、ある意味自然の流れであろう。
そう。それは本当に軽い気持ちだった。
「名前が『こむぎ』だからってパン好きじゃないし。日本人なら米でしょう!」
そんなノリで作家名を『ヨネダヨネコ』で登録。
後悔先に立たずというのはこの事だろう。後に作家エージェントから声をかけられ、色々あって作品が書籍化されて『学生作家ヨネダヨネコ』になるのを知っていれば、もう少し考えた。いや、もっと考えた。
「ドラマ化かぁ……なんかどんどんすごい事になっていくなぁ……」
他人事のように独り言ちる。
ファンタジーを多く書いていたこむぎは、ある日思い立って現代の日本を舞台にしたものを書いたところ好評で、担当に叱咤されつつ書き続けていた。その作品をドラマ化する話が出てきたのだ。
驚異の執筆力を誇る彼女は、この半年で四冊本を出している。ファンタジー二冊とドラマの原作となった現代物の二冊だ。
執筆力を増幅させたのは、春頃にたまたまネットで視聴した動画。それが彼女の妄想を掻き立てた。
雪と海を連想させるその曲と、朗々と歌う彼の姿に『武将』を感じたのだ。
画像は良くなかったが、彼が美青年であることは分かる。そんな彼をキャラクターの一人に投影させて書いた所、読者の反応がものすごく良くて驚いた。
「世の中何がウケるか分からないよね」
こむぎはほうっと息を吐き、タイピングの手を止めて思考の波に入っていく。
本屋で彼に会った時、騒ぎの後で担当の川口からあの動画の青年だと教えられるも、三十代と聞いてこむぎは更に混乱した。でも、一目で彼に魅了された。
ドラマにするなら役者は彼らが良いと担当に言うと、意外とすんなり要望が通った。どうやら監督も彼らをイメージしていたらしい。それならばと話は進んでいく。
ドラマ出演について色良い返事がもらえなかったと聞き、こむぎは思わず彼らの事務所に乗り込んでしまったが、三人を間近で見て尚更「もう彼らしかいない!」と強く思った。
「むぅー」
爽やかで甘い砂糖菓子のような笑顔が可愛い王子な生徒(武将)、切れ長な目を細めて柔らかく微笑む優しそうな教師、ガキの相手は嫌だと憎まれ口を叩くも色気で貧血の女生徒を正気にさせる保険医。
そんなアイドルユニット。なぜか全員アラフォー。
それで良い。それが良い。
「うん。絶対やってもらおう」
ニンマリと笑うこむぎは、大きめの黒縁メガネを指先でクイッと上げて、再びタイピング作業に入る。たまに奇怪な笑い声が漏れているのは仕様だ。その様子をこっそり覗いていたこむぎの担当編集の川口は、やれやれとため息を吐く。
「締め切りの心配は大丈夫そうだな。あとは彼らが先生の妄想の手助けになってくれれば……」
隠れオッサンアイドル344(ミヨシ)のファンである彼は、担当作家の為というのもあるが、それよりも自分がファンという所を重要視していた。
女性だけではなく、男性からも好かれるタレントは希少だ。ミロクに限っては老若男女のファンがいるという。
「ドラマが成功すれば、重版は確定。これは逃せないぞ」
燃え上がる川口に、お茶が差し出される。
「あ、いつもすいません」
「いいえぇ、わざわざ家まで来ていただいて、こむぎがいつもご迷惑をおかけしまして」
こむぎの母親が川口に謝りつつも、香り高いお茶を出してくる。まろやかなコクと香り、緑茶の美味しい部分が凝縮されたような高級な……玉露……? なぜ?
「ふふ、こむぎを末長くお願いしますね」
「あ、はい、え、はぁ?」
「あの子、変わっているけど川口さんが来てから常識っていうものを学ぼうとしているみたいで、ちゃんと私たちに話すようになったんですよ。ああ、良識のある方で嬉しいわ」
「いや、あの、お母さん?」
「まぁ! お義母さんなんて! あの子が卒業するまで二年ですけど、節度ある交際をお願いしますね!」
「違います! そういうのではなくて……」
その様子をトイレに行くために部屋を出ていたこむぎは目撃する。
川口はいかにも『草食男子』という風体だが、中身はかなりガツガツしているのをこむぎは知っている。別に知りたくて知ったわけではなく、小説を書くにあたり合コンの話を聞いた所、彼の行動を客観的に見てそう思ったし本人もそう言っていた。
(うーん。さすがにこの流れは川口さんが可哀想だ。ボンキュッボンが好きだと豪語する男性に、高校生の小娘をあてがうのは彼の死を意味するだろう)
しょうがない助けてやるかと二人の側に行こうと顔を向けると、顔を真っ赤にした川口がこむぎの母親に必死で弁解(?)している。
「ヨネダ……こむぎさんは、俺のことをどうとも思っていないんですって! 俺がこむぎさんを好きでも彼女は高校生だし、可愛いし、これから出会いがたくさんあるし! それを俺なんかが邪魔するわけには……あれ?」
川口が自分がとてつもなく口を滑らせていることに気付く。ふと視線を感じて横を見ると、同じく顔を真っ赤にしたこむぎが呆然と立っていた。
「まぁ、こむぎったら愛されてるのねぇ」
呑気な母の言葉に、オーバーフローを起こしたこむぎはそのまま倒れた。
そして締め切りには間に合ったのかどうかは、推して知るべし、である。
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なんとか今日更新出来たー!




