144、弥勒の苦手なこと。
お読みいただき、ありがとうございます。
執筆のスピードが遅くなってますm(_ _)mすみません。
ゆっくり頑張ります。
地下鉄から直結となっているビルの入り口は、駅の自動改札口のような認証システムを通って入るようになっている。
ほえーっと周りを見るミロク。ヨイチはタブレット端末でメールチェックをしており、シジュは眠そうだ。
今日、ある人物と会うためにオッサンアイドルとマネージャーの四人はこのビルまでやって来ていた。
まるで高級ホテルのように天井は高く、とにかくだだっ広いエントランスでも、三人の際立った存在感は周囲の人々の視線を集めていた。
ミロクはゆるりとした白のニットで鎖骨を見せ、紺のジーンズを合わせている。
ヨイチはカジュアルな茶系のスーツにネクタイはなし。その代わり紺のアスコットタイを巻いている。
シジュはニット素材の黄色のカーディガンに、中は長袖のTシャツとグレーのパンツだ。
そこまで気合い入れたわけでもない服装なのだが、スタイルの良い三人が着るとモデルの撮影なのかと思われるほどのオーラが出る。彼ら三人とモデル契約をしているファッション雑誌はいくつかあるが、これ以上契約は増やせないと、現在新規のモデル仕事を断っている状況になっていた。
彼らを早く見つけられなかった他の雑誌社の人間は悔しがっているらしい。
「では、仮入館証を発行して来るので、ここで待っててくださいね」
「頼むよフミ」
彼らのマネージャーであるフミは、三人に向かって引率の教師のような事を言う。そんな彼女を笑顔で見送るヨイチ。茶色のポワポワ猫っ毛を揺らしながら入館証発行の機械の前で何やら操作するフミを見て、ミロクは感心している。
「さすがフミちゃん。若いだけあって機械に強いですね」
「おいミロク、若けりゃ機械操作が上手いってジジイの発想だぞ? あれくらい俺にも出来る……つか、ミロクは営業やってたんじゃねぇのか?」
「十年近く外界と隔絶してたんで。パソコン系は何とかなりますが、それ以外の機械はサッパリです!」
「ミロク君、胸張って言うことじゃない思うんだけど……」
苦笑するヨイチの隣で、シジュはふと一人の外国人男性が自分達に向かって来るのに気づく。その男性の笑顔に対しミロクは条件反射でふわりとした笑顔で返す。それを了承と受け取ったらしい男性は、嬉しそうに話しかけてきた。
「Excuse me, can you help me find Subway?」
丁寧な英語で話す男性の問いかけに、ミロクは内容を聞き取れたものの返す言葉が思いつかない。
(そこ。そこの階段を降りれば……いや、むしろそこに地下鉄って看板あるし!)
内心パニックになるミロクはとりあえず「そこを見て!」と言おうとして、看板を指差しながら何とか英語を絞り出す。
「あ、あの、L…L…Look at me!(俺を見て!)」
ブハッと吹き出すヨイチとシジュ。
外国人男性はニコニコしながらミロクの顔を見ている。ミロクもニコニコしながら見返す。しばらく続く彼らの攻防?に、シジュは助け船を出してやる。
「……っくく、いやいや気づけよミロク。Hey,go down the stairs there. OK?」
「Thank you!」
笑顔で去って行く男性と、自分の言った言葉の意味の気付いたミロクは鎖骨まで真っ赤になっていた。
「だって、言いたくなるじゃないですか! 『Look at』 後に『me』って付けたくなるじゃないですか!」
「いや、何でそうなっちゃうのかな」
「英語教師がよく言ってたやつだから〜とか言うなよ?」
「俺、英語は壊滅的に苦手なんですよー。外国人も苦手だし、話しかけられるとパニックになるんですー」
そう言って顔を真っ赤にしたまま涙目になるミロクの様子を見て、ヨイチとシジュが慌てる。今のミロクの醸し出す色香に周囲の視線が集中し始めたのだ。そこにタイミング良くフミが戻って来た。
「どうしたんですか皆さん? ミロクさん?」
「な、何でもないから! 行こう! すぐ行こう!」
さすがに先程の失態をフミに知られたくはない。ヨイチとシジュは武士の情けだと、何も言わずにフミを促しゲートを通って中に入るのだった。
「あら! どうしたのミロクきゅん! 色っぽい顔しちゃって!」
「……放っといてください……うう……」
「はは、すみません尾根江さん。彼は先程……色々ありまして」
高速エレベーターに乗りラウンジのある階で降りると、そこにはサングラスにオールバック、オレンジ色のスーツを身にまとった、外国人プロレスラーのような体格の男性が身体をくねらせて待っていた。
とっさにフミの目をミロクが塞いでいたのは致し方ない事であろう。
どうやらドラマの件に344(ミヨシ)の『影のプロデューサー』である尾根江が関わっているらしい。ヨイチが調べたところによると、女生徒の役で数人ほど彼のプロデュースしているアイドルに決まったようだった。
そんな尾根江は、未だ顔から赤みが引かないミロクを見て早速絡んで来る。それをヨイチが上手くフォローすると、尾根江も何かを察したのかミロクから離れて仕事モードになる。
「まぁいいわ。こっちに座ってちょうだい」
パーテーションに区切られた一角に彼らを呼ぶ尾根江。人は殆どいないとはいえオープンスペースだ。機密性の高い話ではないだろうとヨイチは判断し、肩から力を抜く。
「それで、君達は今回の仕事を受けるのかしら」
「ドラマの話ですよね。ミロク君は不安なようですが……で、何でこの場所に?」
「ここに、今回関わってる広告代理店の系列会社が入っているんだけど、今回のドラマの原作とも関わるのよね。まぁ、色々な人が動くことによって今回の企画が生まれたって事よ」
「はぁ……」
今いち状況の把握が出来ていない四人を見て、呆れる訳でもなく「まぁ、そうなるわよね」と尾根江は言った。
「私もこういう会社というか、働きをするって最近知ったくらいだもの。じゃ、さらっと説明しようか」
尾根江はサングラスの奥の目を鋭くさせて、意識してなのか声を低くして話し出した。




