142、仕事のオファーと不安な弥勒。
遅くなりました。
ミロクの怪我はだいぶ良くなり、医者からも「回復力が異様に高い」と誉め(?)られ、予定よりもかなり早く完治出来そうだと周りはホッとしていた。
フミの献身的な介護はミロクの色々なものを崩壊させそうになった為、1日だけにしてもらったりもした。シジュからはヘタレと言われたが、自分がその立場になってみろとミロクは言いたい。
ラジオ放送のある前日、いつもの打ち合わせと思いきや、ヨイチが爆弾発言を持ってきた。
「え? 川口さんがですか?」
「うん。そう。仕事のオファーだそうだよ」
「誰だそれ」
「ほら、前にアニメ雑誌の取材受けた編集さんの名前だよ」
「ああ! スーツ着て走ったやつか!」
目立つスーツ姿でオッサン三人が駅までの距離、約一キロを走ったのは、今では良い……いや、彼らにとっては恥ずかしい思い出だ。
「川口さんとは偶然この前会ったんですけど、仕事の話とかは一切無かったですよ?」
「いや、なんか制作サイドで色々あったらしくてね」
「なんかアニメの時といい、俺らってこういうの多くねぇか?」
「やめてよそういうの。否定も出来ないから尚更だよ」
「それで、結局どんな仕事なんですか?」
「ドラマだって」
「「ドラマ!?」」
思わず固まるミロクとシジュ。彼らはまだ芸能人ではなく『少し歌えるモデル』程度の経験しかない一般人のようなものだ。
ちなみにヨイチはシャイニーズのアルファ時代にドラマ出演をしている。主人公の友人Aの役であったが、主人公よりも人気が出てしまって色々大変だったらしい。
「あの、そのドラマの仕事をどうして川口さんが?」
「原作者の担当編集で、登場人物のイメージに合う人を探していて……」
「それがミロクだったって訳か?」
「そんな! 俺には無理ですよ! 歌とかダンスみたいに練習すれば出来るものではないでしょう!」
「ミロク君、歌もダンスも練習すれば出来るのは君くらいだよ?」
青ざめた顔で慌てるミロクに、ヨイチは冷静にツッコミを入れる。シジュはそれよりも気になっていることがあった。
「なぁ、それでミロクは何の役なんだ?」
「高校生」
「へ?」
「高校生」
「へ?」
「高校生」
「おい、それはいつまで続くんだ」
「ミロク君が認識するまでかな……ほらミロク君、しっかりするんだ。主役って訳じゃ無いんだから」
「確かにミロクは若く見えるけど、高校生は……いや、文化祭じゃイケてたか?」
「そんな! シジュさんは俺の味方じゃないんですか!」
少し前にゲスト出演した高校の文化祭にて、ミロクは高校の制服を借りてコスプレをした。その動画を流した際、この高校に「色気満載の高校生現る!」「歌っている生徒の名前を教えて欲しい」などの問い合わせが殺到したそうだ。
動画の画質が悪いからだとミロクは言い張るが、噂ではプロカメラマンが撮ったという高画質の映像なのでそれは無いだろう。
「原作はミロク君も知っているんじゃない? 『俺のクラスに戦国武将が転移してきた件』っていうライトノベルだよ」
「ええ!? ヨネダヨネコ先生の!?」
「おい、それってこの前ミロクから借りたやつと同じ作者じゃねぇのか?」
「そうですよ!この前お会いして、学生作家だということを知ってビックリしました!」
「なんつーか、色々書いてるんだな……まぁ、いいか。んでミロクはその生徒Aってやつか」
「一応生徒にはなる役だけど、武将役だよ」
「「はぁ!?」」
「おい! なんでタイトルになっている役で主役じゃねぇんだよ!」
「シジュさん、この話は普通の高校生が主役なんですよ。そしてその主役が、転移してきた武将の仕える主にそっくりだったっていう……」
「それ、武将もほぼ主役じゃねぇか」
「まぁ、一応オーディションはあるようだから、決定ではないよ。原作者の推薦枠として出て欲しいみたいで、344(ミヨシ)としてのオファーだから僕たちも一緒に行くことになるかな」
「俺もか?」
「一人じゃないのは心強いですけど、不安しかないですよ……」
「まぁ、無理にとは言わないよ。少し考えてみて欲しい」
いつになく弱気なミロクの様子にヨイチは戸惑いを感じていた。シジュもそんなミロクに違和感を感じる。いつもならアニメやラノベ関連に必ず食いついてくるのがミロクのお約束であるのだが、いつになく気の進まない様子の彼にオッサン二人は首を傾げる。
「すみません。ヨイチさん」
「いや、いいんだよ。うちの事務所の方針は『タレントに無理をさせない』と『タレントを必ず守る』だからね。これだけは絶対だから安心していいよ」
「いえ、そういう事ではなくて……」
「どうしたミロク。言っていいんだぞ。演技とか不安なのか」
「違うんです。それも不安ではあるんですけど……」
憂いを含んだその目はそっと伏せられる。その整った顔にその表情は、どんな美形と謳われた歴史上の人物演じるのだろうと思わせる。
彼は小さくため息を吐くと、悲しげにヨイチを見た。
「原作を超える実写なんてないんですよ。アニメじゃないんですよ」
「は?」
「俺、嫌ですよ! 原作崇拝者から叩かれるのは!」
「「それかよ!!」」
オッサン二人のツッコミにも負けず、珍しくミロクは嫌がっている。先程まで真面目に心配していた反動からか、ヨイチは笑顔でミロクに近づき、思いっきり頬を摘んで伸ばしていく。
「いひゃいれふ〜よいひひゃん〜」
「僕を心配させた罰だよミロク君」
「お、こりゃすげー伸びるな」
「いひゃいいひゃい!」
片方ずつオッサンに頬を伸ばされているミロクは、痛そうにしながらも構われて嬉しそうだ。ワチャワチャしている三人が、ふと視線を感じる。
「何やってるんですか」
ドアを開けて三人を見るフミは呆れ顔だ。その後ろでは、メガネをかけた女学生が鼻を手で押さえて小刻みに震えている。
「ミロクさん、お客様ですよ」
「ひゃふ?」
相変わらず両頬を摘まれたままのミロクは、伸びゆくほっぺをそのままに目をパチクリと瞬かせた。
お読みいただき、ありがとうございます。
仕事がたてこんでます…うう…




