140、ドラマのような出会いをする弥勒。
翌日。
熱がある内は外出禁止という、子供に対するような注意を受けたミロクは布団の中でスマホを見ていた。
元来家に引きこもるのが大好きな人間であるため、そこまで深くは考えていなかったミロクだが、スマホで検索しているうちにどうしても外にいく用事が出来てしまった。
(今日発売の『自宅のトイレが異世界の執務室に繋がった件』を、どうしても読みたい! 発売日に読んで作家さんに感想が言いたい!)
ミロクが購入しようとしている本は『小説家をやろう』というネット小説サイトで掲載していた作品が書籍化したものだ。そのサイトで検索すれば、気軽に作者本人へ感想を伝えることが出来る。読者にも書き手にも優しい夢のようなシステムである。
とりあえず熱は下がっただろうと、軽くストレッチをして体の動きを確かめるミロク。ジムに通い続けているのと、筋肉がついたことによって回復は早い。
(激しい運動をしなければ良いだろう)
素人に有りがちな「三日は安静にするように」という医師の言葉を、熱が下がれば良いだろうという安易な考えの元に着替えるミロク。それでも右手が使えないため、ボタンの付いている服は避ける。四苦八苦しながらグレーのパンツに薄手のセーターと紺のダッフルコートを着込んだ。
家族は夜まで帰らないというから、少し家を出て本屋に行くくらいなら大丈夫だろう。それでも後ろめたい気分でコソコソとリビングを通り抜けて、しっかり首にマフラーを巻き、颯爽といつもの本屋へ向かうミロクだった。
ところが。
「え? 売り切れ?」
「はい。予約のお客様分で売り切れてしまって、申し訳ないです」
「いや、俺も予約し忘れていたから……それにしてもすごい人気だね」
「サイトでも当初から反応が良かったですものね」
いつも行く本屋の女性店員は元々ライトノベルに詳しかったのもあり、ミロクの専属店員のようになっていた。お互いお薦めの本を教え合うほどの仲である。『それだけ』の関係を保てるこの店員のプロ意識はかなり高い。
「POSの在庫システムを検索すると、代官山にある系列店で在庫があるようです。取り置きしますか?」
「んー。ちょっと遠いけど今日絶対欲しいからなぁ。うん。お願いする」
「かしこまりました」
女性店員に取り置きをしてもらい、ミロクは巻いているマフラーを鼻まで上げる。
「どう?」
「この町内ではアウトですが、他では大丈夫かと」
「あはは、そっか。ありがとう」
近所だからと油断していたミロクは、最近多用しているマスクを忘れてきていた。時間も惜しいため、マフラーをマスクがわりにして電車で代官山に向かう。
最近、声をかけられる頻度が高くなってきたミロクは色々工夫して顔を隠すのだが、近所の人間には高確率で見破られてしまう。それでも特に騒ぐような人達ではないから安心なのだが。
ちなみに、ヨイチとシジュは何もしなくても平気だ。いや、平気というよりも彼らの話しかけるなオーラはすごいらしく、彼らといるとミロクは声をかけられることはない。
(やっぱりあの二人はすごいんだよな)
ぼんやり電車に揺られながらミロクはまだまだ修行が足りないと、マフラーを目元まで上げてため息を吐いた。
代官山駅から旧山手通りを歩いて行くと、書店というよりは落ち着いたカフェのような風貌の建物が見えてくる。
木材の色を生かしたその内装は、中に入ると外とは違う時間が流れているようだった。
(テレビでよく見るけど、すごくいいな。こういう場所)
平日ということもあり、人が少ないのも嬉しい。目当ての本は買えたのだが去りがたい空間だ。
せっかくだから色々見てみようと棚を見ながら歩いていると、ふと興味の惹かれるタイトルを見つける。そのまま取ろうとすると、左から白く小さな手が指先だけ触れる。
「あ……」
「ご、ごめんなさっ……!!」
左下を見ると、ミロクの胸辺りまでしかない身長の女子学生が驚いた表情で固まっている。ミロクは口元のマフラーを確認する。顔を見られた訳ではない。では何故そんなに驚いているのだろうと疑問に思っていると、彼女の視線はミロクの手に持つ本に注がれているのに気づく。
「それ、買うん、ですか」
「え? あ、うん。気になったし買おうかなって。もしかして君も買うつもりだったとか?」
「い! いいええ! 棚に挿してあるので、ちょっと……気になって……」
「へ?」
「あ、いや、その、何でもないです……」
少し挙動不審ではあるが、悪い子ではなさそうだとミロクは思う。ラノベ好きな人に悪い人はいない……とまでは言わないが、きっと何か事情があるのだろう。
「買わないなら、俺が買っちゃうけど、いい?」
「はい! ありがとうございます!」
「はは、なんで君がお礼を言うの。まるで作者さん……あれ?」
ミロクは思わず間抜けな声を出す。手に取った本の表紙の帯に写真が載っている。その顔と同じ顔をしている目の前の彼女。
「あ、あの、いやこれは……」
「ええ!? もしかしてこの本の作家さん!?」
思わず身を乗り出したミロクの口元を押さえていたマフラーはハラリと落ち、その色気溢れる整った顔を至近距離で見たうら若き女学生は思わず意識を飛ばしかける……と思いきや、回復した。背筋もピンと伸ばして、ずり落ちかけたメガネを元の位置に戻す。
「こ、こんな貴重な体験中に、意識をなくしてたまるか!」
「おお、すごい気迫だね」
「はい、すみません」
「謝らなくてもいいのに」
甘く微笑む王子様のようなミロクの風体に、再び女学生はうっとりしかけて頭をブルブルと振る。なかなかしぶとい。
「学生の作家さんなんだ? 最近は多くの新人作家が出てるって聞いたけど、若い子もいるんだね」
「いえ、文体とか異様に年寄りくさいって言われるんです。若さが足りないとか……」
「そうなの? まぁ俺はオッサンだから、年寄りくさい文体がちょうどいいから良かったよ」
「へ?」
「ん?」
「オッサン?」
彼女はダッフルコートにグレーのパンツ、カチッとしたスニーカーを身につけているミロクをマジマジと見るが、首を傾げたままだ。
「大学生ですよね?」
「まさか。三十半ばだよ」
「はぁ?」
相変わらず首を傾げたままの彼女を、ミロクは面白そうに見ているのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
思いの外、短編の反応が良いのですが……モフモフわんころ餅効果?←違w




