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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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136、溢れる感情と格好つけたい弥勒。

フミの強く冷たい怒りのオーラを感じ、ヨイチとシジュは同じように左手で持っていたマイクを後ろ手に隠す。そんな二人に一瞬視線を送るも、何も言わずフミはミロクの白手袋に包まれた右手に触れる。彼は小さく呻き声を上げ、痛そうに顔をしかめた。


「こんなになるまで、なぜ放っておいたんですか」


手袋を外したミロクの右手の甲は青くなって腫れている。触ると痛そうにする所を見ると結構重症かと思われるが、ミロクは頑なに「大丈夫」と言い張った。


「これくらい大丈夫なんだよ。昔はよく怪我していたし、自分のミスでもあるから。もっと良い方法で避けられたのを失敗した結果だから、気にしないで…」


「気にします!!……気に、させて、くださいよ……」


青ざめた顔を固く強張らせ、大きい声でミロクの言葉を遮るフミだが、その勢いは続かない。声は弱々しくなり目の縁にはみるみるうちに透明の膜が盛り上がる。彼女の心はどす黒い感情が渦巻き、涙と共に今にも決壊しそうになっていた。

ヨイチとシジュは昨日から知っていたようだった。なのにマネージャーである自分には何も知らされていなかった。確かに彼らより若く頼りないだろうけれども、これまで精一杯に頑張ってきたつもりだ。その全てを否定されたような気持ちになる。

俯くミロクの表情はフミからは見えない。そんな二人に向かってヨイチは穏やかな口調で語りかけていく。


「フミ。怒るのは分かるし、僕たちもマネージャーに詳細を伝えてなかったのは悪いと思っている。申し訳ない」


「悪いなマネージャー。俺らも良かれと思って、ミロクの思いを尊重したんだ」


「社長、シジュさん……」


「それで、僕たちは今からオープニング・アクトとして本番を迎えるんだけど、マネージャーはどうする?」


「え?」


「悩んでいるのも分かるし、フミが自分を責める気持ちも分かるつもりだよ。その上で聞くけど『マネージャー』として君はどうする?」


ヨイチは怒るでもなく宥めるでもなく、ただ淡々とフミにマネージャーとしてどう動きたいのかを聞いていた。それはちょっと冷たいのではとシジュは思ったが、意外にも今のフミには効果的だったらしい。


「ちょっと出てきます。ミロクさんは冷やした方が良いですか?」


「そうだね」


「分かりました。ミロクさんは熱が出るかもしれないので安静にしていてください」


フミはハキハキと指示を出すと、控え室を飛び出していった。それを苦笑して見送るヨイチは、先程から無言のミロクに気づく。


「ミロク君? 大丈夫かい?」


「……」


「おい、どうしたミロク」


「……ミちゃ…… われた……」


「あん? 何だって?」


座って俯いたまブツブツと何かを呟くミロクにシジュは近づいていくと、ガバッと身を起こして彼の肩を片手で思いきり掴む。


「フミちゃんに嫌われたらどうすればいいんですかー!!」


「知るか!! つか痛えよ!! ミシミシいってんだよ!!」


「シジュさーん!!」


「俺よりそこのオッサンに……って、おい!!逃げんな!!」


「ちょっと進行担当のスタッフさんにひと声かけてくるよ。後はよろしくね」


「シジュさん、フミちゃんがぁー!!」


「抱きつくな!! 弄るな!! 分かったから、話聞くから離せミロク!!」


阿鼻叫喚?な控え室のドアをそっと閉めると、ヨイチはスマホを取り出し通話ボタンを押す。ワンコールも鳴らない内にすぐに出る相手に少し微笑み、そのまま話しながら会場の方へ歩いていった。






「戻りま……し、た……」


エコバックに何やらたくさん詰め込んで戻ってきたフミは、控え室のドアを開けたまま固まる。そしてそれは控え室前を通るスタッフ達の足も止めていく。


「ち、違うぞマネージャー! これはミロクが……」


「うう……」


なぜかシャツをはだけさせたシジュは、その浅黒い肌の胸板にミロクの顔を押し付ける形になっている。そのミロクは顔を赤くし涙目でシジュに泣きついていたが、呆然と自分を見る彼女に気づくと「フミちゃん!」と叫んで駆け寄ってきた。


「フミちゃんごめん! 俺が格好つけたいばっかりに何も話さなくて! フミちゃんを傷つけて……」


「え、あ、はい、あの」


取り乱すミロクは片手でフミの手を握り、自分の口元に持っていくとひたすら口付ける。一瞬で鎖骨まで赤くなるフミに構うことなく、ミロクはその細く柔らかい指先を自分の顔に持っていくと、今度は頬にスリスリとさせている。


「許してくれる? 嫌いにならない?」


「そ、その、はい、わかったから」


「これからは俺、何でも話す。誓うよ。だからずっと一緒にいてよ」


「は、はうぅぅ……」


まるでプロポーズのような台詞を言うミロクに、そういう自覚は無い。かなり酷い。

顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になるフミと、それを見守るスタッフの方々、そしてげっそりと疲れた顔をしているシジュはミロクの側によるとスパコーン! と、スリッパでミロクの後頭部を叩いた。


「はい終了。せっかくマネージャーが色々買ってきてくれたんだから、ミロクは手当をする! そんでスタッフさん達は仕事に戻る!」


シジュの声にフミはミロクの怪我を思い出し、慌てて手当をする湿布や患部を冷やすものを取り出していく。集まっていたスタッフ達も「良いもの見たー」「尊い……」などの感想を言いながら作業に戻っていった。ため息を吐いてシジュは控え室のドアを閉めようとして、何かに気づいたかのように「ちょっと出てくる」といって外に出る。そこにはヨイチが壁にもたれて微笑んでいた。


「置いて行くなよ。ミロクに襲われる所だったぞ」


「はは、それは良いね」


「良くねーよ!」


控え室からは、穏やかに話す二人の声が微かに聞こえる。内容は分からないが、とりあえず危機は脱出したらしい。


「失敗したなぁ。フミが悩んでいたのは分かっていたけど、ミロク君の前の会社の件もフミには話していなかったし、良くなかったかもしれないね」


「マネージャーじゃなく姪として考えてたんだろ。それにミロクのは個人の問題だから、あいつが話したくないなら尊重しないとだったろ?」


「まぁ、そうなんだけどね」


やれやれと息を吐くヨイチ。シジュはボタンのとれた上着に目を落とし、参ったなぁとヨイチと同じように息を吐いた。







お読みいただき、ありがとうございます。


男の人は力が強いんですよ。

ボタンが弾け飛びますよ。ええ。

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