131、再び動画騒動と弥勒の普通の会話。
昨日の疲れもあるだろうと、ヨイチはミロクとシジュに午後から事務所に来て欲しいとメールしていた。本来ならば休んでもらっても良かったのだが、ゲスト出演した高校の文化祭でのライブが大好評すぎて、朝からサイバーチームがパンクするくらいの問い合わせが殺到していたのだ。
その理由はハッキリとしている。
芸能人にありがちな『撮影禁止』にしていなかったのだ。
ヨイチとしては狙っていたのもあるし、まだそこまで売れてはいない自分達が高校の文化祭に出たところで、大きな反応はないだろうとタカをくくっていたのもあった。
「それで、この惨状ですか社長」
「そんな目で見ないでくれよ。まさかあんなに高画質で撮っている人がいるとは思わなかったんだ」
「真紀ちゃん曰く、あれだけ萌えるキーワード詰め込めば当たり前の反応!だ、そうです」
「だよねー」
どうやらプロの犯行?らしく、客席には腕の良いカメラマンが居たらしい。その人のアップした動画のアクセス数は今も伸びている。
本人がビックリして朝イチで事務所に連絡してきたのだ。律儀な人だとヨイチは思ったが、どうやら344(ミヨシ)のファンとのことだった。
「動画は公式の方へ移行しました。提供者には謝礼金をと思いましたが辞退されて、344のサイン入りTシャツなどのグッズをプレゼントと言ったらすごく喜んでいたそうです」
「なんか、欲がないよね。その人ってフリー?」
「サイバーチームが早速スカウトしてました」
「……仕事早いね」
ヨイチがアイドル活動をするようになって事務所を不在にすることが多くなったが、それでも会社が回っているのはフミと事務所スタッフ、そしてサイバーチームの協力があるからだ。今やヨイチの指示が無くとも事務所や344にとって必要な人材や仕事は、先回りして動いてくれている。
「ミロクさん繋がりの人達って、すごいですよね」
「うん。そして僕たちも彼の繋がりのひとつだと思うと、なんだか嬉しいよね」
「はい!」
「逆に彼が見放す人間とは関わらないのが無難かな。毒にも薬にもならないだろうからね」
そう言って悪い笑みを浮かべるヨイチを、フミは我が叔父ながら腹黒だなと見ていた。仮にも経営者であれば裏の顔も必要だとは思うが、彼はそれをあまり隠そうとしない。
(見せてくれるから、安心できるんだけどね)
そういう腹黒い所を見せることも彼の計算の内なんだろうと、フミはヨイチについての考察を終わらせて、鳴り止まない電話を朝から取り続けている事務所スタッフの手伝いに向かうことにした。
事務所が戦場のようになっているとは露知らず、早く家を出たミロクは駅前の本屋へと顔を出す。
ミロクが推しているのもあるが、あまり大きくなかったライトノベルコーナーが広くなったのが嬉しい。書店員とも顔馴染みのため、話題のラノベを紹介してくれるのも嬉しかった。
昔は文庫が多かったが、今は新書サイズが主流となってきているらしい。芸能活動でそれなりに稼いでいるミロクだが、呼吸をするように購入するレベルにはまだなれない。一冊一冊を吟味して購入している。
「家に入れる分もあるし、無駄撃ちは出来んのだよ」
ひとりブツブツと呟きながらじっくり平積みのラノベを見るミロクの姿は、ここの本屋ではよくある光景である。黒ぶち眼鏡に帽子をかぶった王子様みたいなイケメンが、ラノベを真剣に吟味する姿。他ではなかなかお目にかかれないだろう。
「あの……」
「やっぱり今は『小説家をやろう』から出るのも多いみたいだな……」
「あの、すいませ……」
「王道な『やろう』系もいいけど、そうじゃないのも読んでみたい」
「あの!!」
「うわっ! はい!?」
ラノベの吟味に夢中になっていたミロクは、話しかけられていることに気づいていなかった。大きめに話しかけられて思わず驚いて大きい声で返してしまう。
声をかけてきたのは十代半ばくらいの女の子だ。あわあわと赤くなっているのを見て、ミロクは緊張で身構えていた体から強張りがとれるのを感じた。
「す、すいません! つい大きい声で呼びかけてしまって!」
「いや、俺も気づかなくてごめんね。何か用かな?」
「違ってたらすみません。昨日高校の文化祭に出てた方ですか?」
「ああ、そうだよ。見てくれたんだね。ありがとう」
「昨日のライブすごく良かったです! 私あそこの生徒なんです! これからも頑張ってください!」
女子高生は頬を染めてぺこりとお辞儀をすると、逃げるように去っていった。可愛らしいなぁなんて思いつつも、再びラノベへと視線を移したミロクはふと気づく。
「あれ? 今なんか普通に話せていた?」
ミロクは基本的に人見知りではあるが、大学時代と社会人での営業経験によって初対面の人とも普通に会話することが出来る。
しかし痩せてからは家族以外の殆どの人が途中から会話が出来なくなってしまうことが多かった。その原因はミロクのフェロモンによって、意識が朦朧としていたためなのだが、もちろんミロクにその自覚はない。引きこもっていたから会話のキャチボールが下手になったと思い込んでいた。そんな訳がない。
「今、どんな気持ちで喋っていたんだっけ?」
思い出そうにも無意識だったために、先程の会話の内容もほとんど覚えていない。そこにちょうど本屋の女性店員が来た。
「いらっしゃいませ。ちょうど昨日発売したラノベの新刊を並べていますよ」
「いつもありがとう。おすすめはどれかな?」
話しかけてきた店員に笑顔でミロクが振り向くと、その女性店員はピタリと動きを止めて固まってしまう。そこにどこからか別の店員が来て「失礼いたしました〜ごゆっくり〜」と固まった女性店員を引っ張ってバックヤードへと消えていってしまった。
「えっと、やっぱり気のせい?」
さっきの女子高生と今の店員と何が違ったのだろうと、ミロクは首を傾げつつ数冊手に取るとレジに向かった。
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