129、文化祭の一般公開の日、344ライブ。
体育館では大勢の生徒とその保護者、そしてどこから聞きつけてきたのか横断幕を持っている年配の方々や、名前入り団扇を持った軍団がいる。それを見た何も知らない生徒や一般客は何事かと興味津々で舞台を見やる。
そもそも、今回のゲストは人気俳優が実は学園祭に参加してて、最終日にライブをしてくれるというサプライズ企画であった。その代わりをデビューして一年にも満たないオッサンアイドル344(ミヨシ)が務めようという所が、かなり無理な話であると思われた。
しかし、この二日間での宣伝活動で「生徒会と文化祭実行委員会が何やら企画しているらしい」というようなことが伝わり、今日のライブはまぁまぁ盛り上がりそうな感じだなと、如月事務所の面々は思っている。
そしてサイバーチームの働きで、344のファンを校内に呼べたのは良かったと思っていた。
「……良かれと思ったんだけどね」
「ヨイチのオッサン、これ人が多すぎねぇか?」
「商店街の人達も来てくれたんですね。嬉しいなぁ」
舞台裏で冷や汗をかくヨイチに対し、シジュは半眼でつっこむ。ミロクは目をキラキラさせて客席を見ていた。どうやら立ち見客まで出ているようだ。
「衣装の準備出来ました」
「ありがとうフミ、じゃあ、行こうか」
「はい!」
「おう!」
暗くなる会場。
パッと光が差すその場所には、執事服の男性が優雅にお辞儀をしている。
アッシュグレーの髪をさらりと揺らし顔を上げたその男性は、モノクル(片眼鏡)を照明にキラリと反射させ、その奥にある切れ長の目で客席をゆっくりと見回すと、輝くような微笑みを浮かべた。
「おかえりなさいませ、皆様方。本日は我ら使用人一同、心より皆様をおもてなししたいと思っております」
照明が消えたかと思うと、別の場所に光が差す。
先程の男性と同じく、執事服の男性がきっちりとした角度で一礼をして顔を上げる。クセのある黒髪を後ろに流し、浅黒い肌に少し垂れた目を妖しく光らせニヤリと笑う。
「奥様、お嬢様はお気をつけて。俺たちに囚われないように。旦那様と坊っちゃまは……」
そう言いかけると、ステージが明るくなり舞踏会のような舞台背景が浮かび上がり、そこには男性二人の間に立つ、白を基調としたフリルをたくさん使ったロングドレスを身にまとう『麗人』がいた。
「皆様、踊りましょう。『ワルツ』です」
どこかで聞いたようなメロディだと思ったのは、彼らのいた『執事・メイド喫茶』に行った客であろう。合間にミロクは自分たちの曲をピアノソロで弾いていたからだ。
一度でも聴けば耳馴染むであろうその曲を、心地よいテノールで歌う彼らに、会場は最初ざわめいていたが次第に惹き込まれていく。
「ヨイチ執事長!!」
「シジュ様! 素敵!」
「嘘!! ミロク王子!?」
王子が姫になってる!? と騒ぐファン達に、さすがに気恥ずかしくなったミロクだが、それでも歌いながら恥ずかしそうに微笑むと、キャーからギャーへと悲鳴がランクアップしていた。
花ひらくように、咲いていくドレスを
ただ虚ろに、見るだけの日々
続くワルツは、単調に回る
同じ音、同じメロディ、変わることはない
貴方の手をとることを
ずっと求めているのに
黒をまとう貴方は
闇の中では見えない
歌うドレス姿のミロクは、両脇にいるヨイチとシジュに手を伸ばすも、彼らの元には仮面を付けた黒いドレスの女性二人がダンスの相手となる。
そんな彼らの踊る姿を見て、切なげな表情で歌うミロクを、会場内の男性は頬を染めて熱い眼差しで見ている。
続くワルツは、回っていくだけ
同じ音、同じメロディ、始めたのは貴方
繰り返す、同じメロディ、終わらないワルツ
歌いながらミロクは、舞台背景にあるカーテンの向こうに行く。
二組の男女はそのままワルツを踊り、曲が終わるとヨイチとシジュはパートナーの女性を体を倒してフィニッシュを決めると、再び会場は暗転した。
悲鳴や何やらが飛び交う中、再び舞台が明るくなる。
舞台背景はガラリと変わり街並みのような風景が描かれ、そこにトテトテと一人の男子生徒が出てくる。客席からは生徒会の人間かと注目すると、その生徒は長めの黒髪を柔らかく跳ねさせてぺこりとお辞儀をした。
「皆さん、初めまして! 『344』と書いて『ミヨシ』のメインボーカル、ミロク、三十六歳です!」
顔を上げて会場を見渡し、輝くような笑顔で挨拶をしたミロクに大きな歓声と拍手が送られる。この高校の制服を着ているミロクの違和感のなさに驚くファン達。年齢を聞いて驚く生徒と一般客達。
一部泣いている男子がいたようだが、一部「それもよし!」と叫ぶ男子もいる。謎である。
「どうも。コーラス担当のヨイチ、四十一歳」
出てきたヨイチは、銀のフレームの眼鏡に白衣の姿だ。どうやら科学や生物学教師のつもりらしい。その姿に奥様方は号泣して歓声をあげている。「恋の化学反応しちゃう!」という声援に対し、「じゃあ実験してみようか? 放課後二人きりで、ね」と黒い微笑みで返されて、それを見た数人が陥落していた。
「ダンス担当のシジュ!四十路だ!」
そう言ってターンを決めたシジュは、カジュアルなスーツで、ジャケットは着ていない。ネクタイは緩めて持っている教材は英語の教科書だ。それを目ざとく見つけたシジュのファンは「シジュ先生、英語を教えてー!」と歓声をあげて、シジュに「うーん、I wanna get to know you better!」と返されて腰砕けになっている。
「さすがシジュだね」
「シジュさん何て言ったんですか?」
「ん?『俺は君をもっと知りたいけどね』って感じ」
三人で話しているのもマイクが拾っていて、会場内はさらに歓声に包まれる。それに気づいて慌てるミロク。
「いけない、えっと、ミロク、ヨイチ、シジュ、三人揃って……」
「「「344(ミヨシ)です! よろしくお願いします!」」」
「続いての曲は」
『puzzle』
お読みいただき、ありがとうございます。
ちなみに、シジュさんの英語は適当です。
野生の勘で話していますw




