127、屋台のクレープと高校生な二人。
「なんか、急に客が増えた気がしねーか?」
「ああ、さっきミロク君がチラシを配っていたからかな?」
生徒の保護者らしき女性を骨抜きにしてきたシジュは、急に増えてきた客を見て首を傾げる。それに答えるヨイチはのんびりしているように見えるが、少し退屈そうにしているテーブルに生徒執事に相手するよう指示を送る。
「あれ、すごかったな。俺危うく口説くところだった。マジで」
「僕はミハチさん一筋だから平気だけどね。それでも姉弟だけあって彼女に似てたから、色々危なかったかも」
「結局オッサンもぜんぜん平気じゃねぇだろが」
「だって、あの色香だよ?」
そんな彼らの目の前を、真紀がパタパタ走っていく。メイドあるまじき行為だが、揺れる彼女の胸に男性客の視線は釘付けだ。
「あれ、何詰めてんだ?」
「サイバーチームが持ってたポケットティッシュを詰めたらしいよ」
「俺はデカくない方が良いけどなぁ」
「ロリ……」
「ちげーよ!!」
言い合いに発展しそうな二人の前に、ちょうど新規の客が現れる。
ヨイチはモノクル(片眼鏡)を指で直し穏やかに微笑み、シジュは少し垂れた目に妖しげな光を浮かべてニヤリと笑う。
「「おかえりなさいませ、お嬢様」」
「二時間くらいしたら戻りましょうね」
「え? もうちょっと大丈夫じゃない?」
「私メイドとして参加出来ていないので、ちょっとやってみたいんですよ」
「あのメイド服はダメ!!」
ミロクは朝一番に見たフミのメイド姿を思い出す。あんな露出があって、可愛くて、持って帰りたくなるようなメイドのフミを誰にも見せたくないと、ミロクは頬を赤らめつつ拳を握る。彼はその拳を誰に向けようというのだろうか。
「戻ったら真紀ちゃんと交代します。それなら大丈夫ですよね?」
「うーん……まぁ、それなら」
真紀が着ていたメイド服は、クラシカルなデザインで露出も少なくスカート丈も長い。
フミは何故そこまでミロクが嫌がるのか分からなかった。しかしフミは鏡を見ていなかった為、もしかしたらすごい露出っぷりだったのかもと考える。そしてそれを彼に見られたという事実に辿り着き、急に恥ずかしくなって顔を真っ赤にした。
そんなフミを見て、なぜ顔が赤いのかは分からないが可愛いからいいかと考えるミロクは、そのまま屋台がたくさんある場所に彼女をエスコートして行った。
高校生にしては、しっかりとした細マッチョ体型に、長めの黒髪、長い睫毛に黒目がちな瞳、どこをどう見ても『美男子』といった色気ダダ漏れな男子生徒(?)を前に、クレープを焼いていた女子生徒はあっけにとられたままトンボ(クレープの生地を焼くときに使う器具)を足元に落とす。
「チョコカスタードのと、イチゴ生クリームを一つずつください」
オーダーを聞いても動けない。そう。彼女は知っていた。
「344(ミヨシ)の、ミロクきゅん……」
「え? 俺のこと知ってるの?」
「うちの制服……」
「うん。借りたんだよ。オッサンなのに浮かれて着ちゃって……」
「似合ってます!!」
思わず大声を出すクレープ屋の女子生徒。そんな彼女の様子に一瞬目を見開いたミロクだが、すぐにふわりと微笑む。
「ありがとう。それで、クレープ作ってくれるかな?」
「あ、はい!すみません!」
まさか大好きなアイドルの前でクレープを焼くことになるとは……丸い鉄板の上に生地を乗せ、予備のトンボを使ってくるくると生地を薄くしていく。スパテラという生地を鉄板からはがす長いヘラのようなもので、薄い生地を綺麗にひっくり返し、少し焼いてまたひっくり返す。
「上手だね。プロみたいだ」
「バ、バイトしてるんで……駅前のスーパーで……」
「え? あそこ? たこ焼きとかもやってるところ? クレープなんてあったっけ?」
「最近始めたんですよ。あそこモデル地区みたいで、色々やらされるんです」
「それはすごいね! 今度行ってみるね!」
「は、はい! ありがとうございます!」
トッピングしながらの会話は、適度に緊張を取り除いていく。さりげなく自分のバイト先に来てもらえることになっていたのを後から気づき、彼女は周りが引くくらい悶えまくるのは小一時間ほど後の話である。
「はい、フミちゃん」
「うわ、すごい。これ本格的ですね」
「作ってる子が駅前のファストフードでバイトしてるみたいでね」
「え? あそこクレープやってましたっけ?」
「やっぱりそう思うよね。俺もびっくりしてさ、今度行ってみようよ」
「ですね!」
ニコニコしながら綺麗にトッピングされた生クリームとイチゴのクレープを頬張り、幸せそうに微笑むフミを見るミロクの顔は、そのクレープよりもさらに数十倍甘い。そしてクレープに夢中なフミはその甘い微笑みに気づくことなく過ごしている。
そう。
気付いていたのは、周りにいた生徒達である。
小動物のようなポワポワしてホワワンとした可愛い女子生徒と、王子様みたいな綺麗な顔の男子生徒が甘い雰囲気でいるのだ。
さらに時折見せる王子の甘い微笑みは、同性であっても心臓を鷲掴み(?)にされたかのように、キュンキュンときめかされてしまう。
「どこのクラスの生徒……あの人生徒なのかな?」
「すごく大人っぽいし、王子様みたい……」
「どこかで見たような? あんな美形一度見たら忘れないのに……」
オッサンアイドルグループの344(ミヨシ)を知らなくても、全国的に流れている化粧品のCMは一度は目にしているであろう。344も「どこかで見たような」という程度には知名度がアップしているようだ。クレープ屋の女子生徒の反応が稀なのである。
そんな周りからの視線を一身に集めているミロクとフミは、お互いのクレープを味見していた。
「ほら、フミちゃん俺のも食べてみなよ。チョコのも美味しいよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
差し出されたクレープにパクリと噛み付くフミに、ミロクは餌付けする喜びを見出していた。お返しにとフミの食べていたイチゴと生クリームをミロクは食べさせてもらう。
「甘酸っぱいイチゴが生クリームと合ってるね、これぞ正義だね」
「はい!」
笑顔のミロクに見惚れていたフミは、再びクレープを食べようとして動きを止める。
「ん? どうしたのフミちゃん?」
「あ、いや、何でも……」
フミの手に持っているクレープには、先程ミロクが食べたひと口の部分がそのまま残っている。そういえば自分も食べたんだったと慌ててミロクを見ると、フミの食べた部分は既に彼の唇で包まれてしまっていた。
「ふぁあああ!?」
「むぐっ、んくっ……え? 何? どうしたのフミちゃん!?」
危うく喉を詰まらせるところだったミロクは、真っ赤になったフミを見て何がどうしたのかと慌てる。
「な、なんでもないですぅー!!」
むがーっと謎の雄叫びを発すると、がむしゃらにクレープの残りを食べるフミなのであった。
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