123、下見に来た344と顧問の教師。
先生も大変ですよね。
煉瓦造りの校門を通り真っ白い校舎が見えてくる。十年以上前には考えられない立場で『学校』という場所に来たミロクは、不思議な感覚を味わっていた。
(自分の母校じゃないけれど、懐かしく感じるのは何故なんだろう)
申し訳なさそうに挨拶をする真紀の妹の美貴は、ポニーテールにした黒髪をぴょこりと揺らしてお辞儀をした。件の文化祭実行委員の友達とやらは、今回のいい加減なやり方の罰として、自クラスの出し物の力仕事だけをやることになったらしい。深く反省すべきだろう。
344のメンバーであるミロクとヨイチとシジュ、そしてフミの四人は美貴の案内で『執事・メイド喫茶』を出店する場所に事前確認をしに来ていた。
平日の昼間、普段なら授業中であろう生徒たちは、文化祭の前日ということで一日準備に追われている様子が見える。
生徒の目を避けるように来客用の出入り口に案内されたミロク達は、そこで顧問の教師に挨拶される。
「初めまして。当校の生徒会と文化祭実行委員会の顧問を務めております、笹塚妙子と申します」
「如月事務所の如月ヨイチと申します。ご丁寧にどうも」
ヨイチは名刺を渡すと、その教師は少し頬を染めながらも「お返しできる名刺がないのですが…」と、丁寧に名刺を受け取っている。
「今回は生徒がご無理を言いまして……」
「いえいえ、こちらもまだデビューして間もない新人ですから。こういう経験をさせて頂けるなら嬉しい限りです」
「ですが、今回は、あの、お花代も無く……」
「こちらからライブだけじゃなく、生徒さんの企画に参加させて欲しいなどと無理を言いましたし、笹塚先生にも一般公開ではない日にも特別に僕らを参加させてくれるよう、特別に取り計らってくれましたから。本当にお気になさらず」
「如月さん……ありがとうございます。きっと生徒達が喜びます。事の発端となった生徒も反省していました。きっとあの生徒も喜びます」
深々と頭を下げる彼女を見て、ミロクは教師にも色々いるんだと改めて気づかされる。頭では分かっていても、自分の受けた仕打ちはなかなか消えない。高校まで同級生だけじゃなく教師にも良い思い出のないミロクであったが、笹塚のような教師がいるのを実際見て、過去に受けた傷が少し癒された気がしていた。
(この人は、きっと良い教師なんだろうな)
人の心の動きに敏感なミロクは、彼女の真摯な思いが伝わり知らず笑顔になる。それを見たシジュが一瞬顔を引きつらせたが、幸いにもその教師はミロクの笑顔に気付かず、美貴と一緒に出店する場所に案内すると先頭を歩き始めた。
「おい、ミロク。顔、顔気をつけろよ」
「え? あ、緩んでました?」
「ああ、どうした。教師とか苦手なんだろ?」
「ええ、でもあの先生は良い人です。まだ若いですけど」
「まぁ、そうだな。悪くはねぇな」
小声で話すミロクとシジュの前を歩くヨイチ達は、すでに完成されている『執事・メイド喫茶』の看板がかかっている教室に入っていく。
どうやら音楽室を借りたらしく、グランドピアノがそれらしく置いてあり、カーテンも重厚な色であるため『貴族のお茶会』という雰囲気を出してくれている。
「当日は生花も飾って、もっとそれらしくする予定なんです。ここがいち早く仕上がったのは私達生徒会以外の生徒が助けてくれたんです」
美貴が嬉しそうに言う。興味津々で周りを見るミロクは、ここまでしっかり内装までやっているとは思っておらず、ただただ感心していた。
「このカーテンの向こう側、ドリンクとフードを用意する場所です。あまり凝ったものを作れないのですが、事前にスコーンなどを焼いておいて、出すときに温めるくらいにしようかと。付け合わせのクリームとフルーツソースも加えればそれらしいかなって思っています。他はチョコブラウニーとかそういう焼き菓子を中心に事前に用意すればと」
茶葉は色々と用意したらしい。紅茶専門店でおすすめというのを20種類くらい買ったとのこと。余ったら生徒会で飲むから良いのだと、それはそれで嬉しそうに美貴は言った。
「 衣装は用意してくださるそうですが……」
「はい。知り合いが企画を知って、無料で貸してくれるそうなんで気にしないでください」
「いや、気にしますよ!」
「それなら、衣装を返すときに直接礼を言ってやってくださいませんか?」
「もちろんです! ちゃんとお礼を言います! いや、そうじゃなくて!」
慌てる教師に皆が笑顔になる。やはりこの教師は良い教師なのだろう。
「ああ、それと、衣装は多めに用意しますので、執事やメイドをやりたい子に言ってください。あとマニュアルもあるので……」
ヨイチの言葉を受けて、持っていた冊子を差し出すシジュ。四苦八苦しながら作ったマニュアルである。
「あ、そのマニュアル俺にもくださいよ」
「おう、当日な」
「なんで当日?」
「見習い執事役なんだから、完璧にこなしちゃダメだろ。お前極めるタイプなんだから」
「なるほど。確かに。キャラ設定って必要あるんですかね?」
「あります!!」
ミロクとシジュのやり取りに、大きい声を出したのは笹塚教諭であった。皆の視線が一気に彼女に集まる。注目されアワアワする彼女に、真紀は不思議そうに問いかける。
「キャラクターの設定って、そういえば先生が提案してましたよね。なぜですか?」
「あ、あの、その、演じるにあたって設定があった方がやりやすい、と、思いまして……」
真っ赤になって話す彼女に、皆首を傾げているが、彼らは知らない。
彼女が若い頃、メイドであったことを。
内気な自分を変えようと好きな世界に飛び込んだが、最初はうまくいかなかった。それでも店の方針でキャラ設定をしたことによって、接客が上手く出来るようになったのだ。
しかしその代償は大きく、彼女はメイド喫茶のバイトを辞めるまで、語尾に「にゃん」をつけさせられたのだった。
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