119、司樹はあかりさんと之さんとデートする。
デート編、完結です。
猫カフェでデートにスーツは無いだろうと思いつつも、番組スタッフの謎のこだわりに逆らうことなくしっかりと指示通りダークグレーのスーツに身を包み、シジュは指定の場所へと行く。
シジュは動物嫌いではない。むしろ好きな方だ。だがしかし唯一苦手な生き物がいる。
今回はいないようにと願いながら店に入っていく。
店内に入ると、靴を脱ぎ消毒済みのスリッパに履き替え、手も洗って消毒をする。
そして待ち合わせしている「窓際の席」に移動すると、お相手の女性はすでに座っていた。
「悪い、待たせた」
「い、いえ、今来たところ、です!」
カチカチに緊張している女性は、白のジーパンにストライプのシャツを合わせていた。どうやら猫と遊ぶ気満々のようで、毛のつきにくい素材の服装らしい。上着は受付に預けたと聞き、シジュは自分も預けようと思ったが、とりあえずは自己紹介をする事にした。
「俺はシジュ。今日はよろしくな」
「私はあかりって呼んでください!」
「ん。じゃあ、あかりちゃんだな」
「はぃぃ! ありがとうございますぅぅ!」
シジュがニカっとした笑顔を見せると、あかりはテンパりつつなぜか礼を言う。そんな彼女をリラックスさせようと、早速猫のいる場所へ行くことにした。
「あかりちゃんは、俺らの事知ってんの?」
「はい! もちろんです! 今回のモニター募集で『美形中年』というキーワードに、私達344(ミヨシ)ファンは飛びつきました! もしかしたらってそう思って……」
「マジか。すげぇな俺らのファンは」
素直に感動するシジュの様子に、あかりは幸せそうにニコニコしている。こういう事をサラッと言えるシジュは魅力的で、無精髭も少し垂れた目も彼女らには格好良く見えてしまう。アバタもエクボである。
「あ、ここですね。猫ちゃんいっぱいです」
「おお、壮観だなぁ」
猫の過ごしやすいように、猫用のツリーや箱や、ふかふかなクッションが多数置かれており、その一つ一つに様々な種類の猫がいる。
「きゃっ!」
「おっと」
早々にシジュに向かって飛びついてきた元気な猫数匹に、思わずあかりは驚いてよろける。そんな彼女をシジュは危なげなく支え、肩に飛び乗ってきた猫も同時に支える。彼の日頃のトレーニングで体幹はバッチリだ。
「す、すすすすみません!」
「気にすんな。俺よく動物によじ登られるんだよ。大丈夫か? 足とか捻ってないか?」
「大丈夫、です」
つっかえながらも、あかりは何とか礼を言い平常心を取り戻す。
そう。ファンなら皆知っている。シジュは何だか「登りたくなる」存在だということを。どうやら犬だけでなく猫もそうだったらしい。あかりはくすくす笑う。
「おい、笑うな」
「だって……猫ちゃんたちが鈴生りになってるんですもん」
仏頂面のシジュの肩や頭には、すでに五匹ほど猫が鎮座している。肩から落ちそうになっている子はシジュが支えているのだから、なんだかんだ寄ってくる動物に甘い。
それは人間に対しても同じなのだろうと、あかりはシジュの内面が見れたようで嬉しく思っていた。
対してシジュは誰に対しても自然体である。人でも猫でも。
だがしかし……
「やべぇ、やっぱりいたか」
「え? 何ですか?」
店員が気を利かせたのか、笑顔で箱を抱えている。にーにーと小さく鳴く声に、あかりは猫を抱えたまま思わず飛び上がる。彼女の腕の中の猫はちょっと楽しそうだ。
アメリカンショートヘアの子猫が三匹、グレーを基調にした縞柄とブルーのくりくりした目を好奇心いっぱいに開き懸命に鳴いていた。
「子猫!!」
絨毯の上に置かれた子猫たちは、予想に違わずシジュによじ登っていく。そんなシジュは、なんと固まってしまっていた。
「え? どうしたんですか?」
「俺、子猫苦手なんだよ」
「え? だってさっきまで猫をいっぱい触ってましたよね?」
「子猫限定でダメなんだ。ほら、もう服の繊維に爪が引っかかっちまってんだろ?」
「繊維に? ああ、子猫ちゃん爪細いですもんね」
「それで落ちそうになって、そんな細い爪だと自分の体重を支えられねーだろ? 爪とか取れたら痛いだろ?」
心なしか涙目になっているシジュに、あかりはしばらく呆然と見ていたが、じわじわ笑いの発作が起きてきて、たまらず吹き出す。
「ぷっ……あはっ、あはははははっ」
「おい! 笑ってねーで子猫を取ってくれよ! 落ちそうだろう!」
「支えてあげればいいじゃないですか」
「ダメだ! 登っている奴の信念を曲げたくねぇ!」
「意味分からないです!」
爆笑しながらも、そっと子猫をシジュから取ってあげたあかりは店員に子猫を返す。その店員も肩が震えており、シジュは大いに不貞腐れるのであった。
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繁華街を抜けた先に、その居酒屋はあった。
民家の一階を居酒屋にしているその店は、シジュの馴染みの店であり、数少ない友人の一人と飲むお決まりの場所でもあった。
店内に入ると、看板娘の店主の娘が大きな声で「いらっしゃい!」と言ってくれる。そんな彼女に軽く手を上げると、そのまま奥の目立たないスペースへと行く。
この店に決めているのは気兼ねなく居られる場所を提供してくれるのと、もう一つ理由があるのだが……
「遅えよシジュ」
ムスッとした顔でシジュに言い放った体格のいい男が一人飲んでいる。
すでに何杯か飲んでいるらしい友人にシジュは苦笑する。
「十五分の遅れで、何でもうそんなに酔ってんだよ」
「俺は一時間前から来ていた」
「知るかっ」
憎まれ口を叩き合うも、二人とも笑顔だ。
「久しぶりだな。半年ぶりくらいか? お前忙しそうだもんな」
「之こそ忙しいだろ? また潜り込んでたのか?」
「まぁな」
シジュは潜るという表現を使っているが、それは彼が深夜であったり泊まりがけであったり、仕事の時間が普通の人と違う事が多いからだ。実際シジュは彼の職業を知らないが、二十年来の友人でありシジュにとって何も問題は無かったので、特に気にしてはいなかった。
本名も聞いた事はあるが、之は之であるというところで完結してしまっている。かなり大雑把な友人関係だが、それがまた心地良いのかもしれない。
「で?」
「で?って何だよ」
「シジュが俺を呼ぶ時は何かあったんだろ。俺が潰れる前に話せよ」
之のぶっきらぼうな物言いにシジュは苦笑しつつも、敵わなねぇなと言いながら話し出す。
「ちょっと前にな、アイツが日本に帰ってきた」
「アイツ? ああ、あのビッチな。それで周りの人間が総出でフルボッコにしたと」
「知ってんのか?」
「いや、でも俺がその時シジュの側に居たら、迷わず社会的に抹殺するし」
「怖っ!!……や、ありがとな」
「俺は何もしてねぇよ。でも良かったな。清算出来たろう」
「ああ、俺は恵まれてるな」
しみじみ言いながら、頼んだハイボールのグラスを少し上げると、之も自分のグラスを少し上げて応え、二人合わせてグイッと飲む。
「お前は恵まれてるよ。顔もいい、スタイルもいい、性格もいい、完璧超人だろが」
「女を見る目は無かったけどな」
「あれは特殊だ。てゆか、むしろお前は少しくらいマイナス要素が有った方が良いだろう。何もない俺はどうすりゃいいんだ」
「何も無いわけないだろ。少なくとも女運は良い」
「良くねーよ」
「そうか?」
「そうだよ!」
シジュが大皿に乗った唐揚げを持ってきた看板娘を意味深に見ると、彼女は苦笑して空いたグラスを回収していった。何も言わずともお代わりが来る。
「まったく、之はバカだよなー」
「何がだよ。俺は何もねーよ。何もしてねーし」
「それがバカだっつーの」
「何だよ。シジュのくせに生意気な」
言い合う彼らを遠巻きに見る店主と看板娘。店が混むにはもう少し時間がかかるだろう。
彼らの夜は長い。
お読みいただき、ありがとうございます。




