116、秋に雪が降る所にて。
道民の方々に捧ぐ。
早朝に寝起きモフモフ……ではなく、寝起きドキドキの撮影があったせいか、ミロク、ヨイチ、ジジュの三人は眠たげにホテルの朝食を摂っている。
「やっぱり、こっちは牛乳が美味しいですね」
「普通に売ってる乳製品の『普通』 が違うよな」
「味が濃いね。こっちのに慣れちゃうと東京に戻ると薄味に感じちゃうんだよね」
「ヨイチさんは北海道に来たことあるんですか?」
「母方の祖父母が苫小牧近くに住んでいるんだよ。僕らは本家じゃないけど、昔はよく夏休みに泊まらせてもらっていたなぁ……」
「へぇ、そうなんだ。今回はいいのか?」
「仕事だしね。あと最近テレビとか出たから、うるさくって。復帰したのとか聞かれるし面倒なんだ」
「芸能人あるあるですね」
今回のアルバムに入れる曲数は少ない。そのかわり特典映像やDVDなどを充実させる予定だ。
こういう風に撮影に入るのが初めてのミロクとシジュは、少し前から楽しみにしていた。声優アイドル大倉弥生の番組に再び『寝起きもの』で出演するとは予想外だったが、北海道である。
もう一度言う、北海道である。
「それより、なんか騒がしいですね。俺たちの撮影班って昼には来るんですよね?」
「まぁ、たぶんな。来れたらだけどな」
「え? ミロク君、外見てないの?」
「外?」
せっかくの撮影旅行だというのに、ミロクは外にあまり興味を示してなかった。空き時間は事務所のスタッフへのお土産をどうしようとネットで検索してたりしていて、外を歩くことはしていない。
そもそもミロクは一人での外出は禁止されていたのだが。ヨイチの心配は杞憂に終わったようだ。
ちなみにシジュも外で飲むのは禁止されていた。理由は言わずもがなである。
「……ヨイチさん、なんか秋なのに雪が我武者羅に降ってるんですけど」
「今か。今気づいたのか。少しは外に興味を示そうな?」
「撮影班と、まだ連絡とれないんだよね」
平日とはいえ、まぁまぁ有名なホテルのである。人が少ないのも災いし、ミロク達はいつも通り目立っていた。それでも声をかける人間がいないのは、お年寄りが多いからであろう。それでも男女問わず目をハートにさせている彼らの実力は、まだまだ計り知れない。
「おはようございます。まだ撮影に入っていなかったんですね」
「あ、大倉さん、深夜の寝起き撮影お疲れ様でした!」
同じく朝食に来た声優の大倉弥生は、目立つ三人を見つけると速攻声をかけてきた。ミロクは寝起きドキドキの撮影終了後ヨイチから「大倉は尾根江プロデューサーの血縁関係にある」と聞き、今回の企画と、以前『アニメ緊急発信』ゲスト出演出来た理由を知ったのであった。
「目立ちますね王子達。あれ? マネージャーさんは?」
「フミはホテルのフロントで空港の状況を聞いているよ。撮影班と連絡がとれなくて、飛行機が欠航なのかと思ってね」
ヨイチが話していると、ちょうどフミが戻ってきた。彼女はすでに朝食を済ませており、仕事として動いている。
「社長、空港は問題なく動いているみたいです。撮影班の連絡をここで待ちましょう」
一応ホテルでの待ち合わせのため、ミロク達はノンビリ待つ事にした。
弥生達は早々に帰るらしい。声優アイドルには欠かせないトークライブが翌日にあるようだ。
「じゃ、例のプロデューサーには言っておいてくださいね。私のせいじゃないって」
「分かっているよ。義弟二人が悪かったね」
弥生はぺこりとお辞儀をすると、サラサラな黒髪を揺らしながらチェックアウトして行った。
「あ、シジュさん、おやつに白っぽい恋人のブラックバージョン、黒っぽい恋人買って行きましょうよ! 俺ホワイトチョコあまり好きじゃないんですけど、黒いのなら好きなんで!」
「それを何で俺に言うんだよ。まぁ良いけど。オジャガポックリも買うか?」
「甘い塩っぱい作戦ですね。乗りましょう」
「一応社長として言うけど、太らないようにしないとだよ」
「おう、任しとけ。帰ったらトレーニング三昧だからな」
「そんな……もう買っちゃいましたよ。食べるしかないじゃないですか」
「そこでお土産にするという選択肢はないのかい?」
「それはもう送ったんで大丈夫です」
「「早っ!!」」
その間にも、フミはノートパソコンを開き真面目に仕事をしていたが、メールチェックでヨイチを呼ぶ。
「どうしたんだい?」
「これなんですけど……」
メールは二通あった。
一通は今日の撮影班からで、せっかくだから雪の中で撮影したいとのこと。防寒グッズを購入する必要があるという業務連絡だ。
もう一通は企画番組とあり、美中年と一般人がデートをして、行く場所や簡単な行動を番組スタッフの指示どおりに動き、それをモニタリングされるというものだ。
その『美中年』に、今回344(ミヨシ)が抜擢されたらしい。
過度なスキンシップはとらないとか、そういう細かい規定も入っていた。
「過度ではないのに、過度なスキンシップみたいになるミロク君が不安だよね」
「そうですね……」
フミは少し複雑な感情を抱いているが、彼……ミロクはあくまでもアイドルである。自分に好意を持ってくれていても、仕事は仕事と割り切らないといけないだろう。
そんなフミを見て、ヨイチは苦笑いをする。
「アイドルとか関係なく、彼が芸能活動を続ける限りは、こういう仕事はいくらでも来るし、今回は軽い方だと思うよ」
「分かってます。それに私達付き合っていませんから」
「……ああ、まぁ、そうだよね」
付き合うって何だっけ?と、ヨイチは顔を引きつらせつつ、未だお土産コーナーでワチャワチャしているミロクとシジュを呼び寄せる。
何にせよ、仕事があることは良いことだフミは気合を入れてメールの返信を打ち始めた。
「二人とも、次回の仕事の話なんだけど……」
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次回から企画予定です。
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