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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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131/353

107、司樹の思い出。

遅くなりました。

重い木のドアを開けると、まだ開店前にも関わらずマスターはカウンターの中から「いらっしゃいませ」とお辞儀をしていた。


「あれ? もう入って大丈夫なんですか?」


「はい。どうぞお座りください」


ミロクの申し訳なさそうな顔に、マスターは穏やかな微笑みを浮かべる。カウンター席に三つコースターを置いた。


「ん? 誰か来るのか?」


「さっきヨイチさんをメールで呼んだけど、マスターには何も言ってないよ」


「え、マジか」


「何となく、ですよ」


そう言ってマスターは微笑んだままカウンターで作業をしている。ミロクは素直に感心して席に座った。シジュも座ろうとするとマスターに消毒液を出された。


「あ、悪いなマスター。大したことねぇよ」


「消毒は必要ですよ。どんな傷にも」


「……ん、使わせてもらうわ」


シジュはマスターの言葉に苦笑して、奥にあるトイレに入った。


「マスター、ありがとうございます」


「いえいえ。こちらにもね、情報は入ってきますから」


「……すごいですね」


その情報は先程の騒ぎの事なのか、それともあの女性の事なのか……考えても仕方ないなとミロクはとりあえず「いつもの二つ」と注文した。




腕を洗って消毒して出てきたシジュを待って、マスターは二人にコロナビールを出す。ライムを落として乾杯すると、半分まで一気に飲んだシジュは訥々と話し出した。


「まぁ、これはヨイチのオッサンも知ってるんだ。さすがにあんな物見せといてミロクに言わねぇのも、どうかと思ってな」


「無理に話さなくても良いんですよ」


「いや、まぁ、俺がミロクに話したくなったってやつだ」


少しめじりを赤くさせて目をそらすシジュに、ミロクもつられて照れてしまう。数回咳払いをして誤魔化したシジュはコロナを追加して続ける。飲まなきゃ話せないのだろうとミロクも付き合うことにした。


「よくある話なんだけどな……」




その頃、ダンスチームを組んで活動する若者が多くいた。

例に漏れずシジュもその一人だったのだが、彼は少し変わった習い事を幼少期にしていた為、当初流行っていたブレイクダンスなどはあっという間に覚えてしまった。






「お話の途中ですみません。変わった習い事って何ですか?」


「……あー………社交ダンス」


「社交……ダンスですか」


「なんか知らねーけど、親が強制的にやらせたんだよな。高校卒業までやらされた。やらないと小遣いもらえなくてな」


「余程やらせたかったんですね。社交ダンス」






ダンスの基礎が出来ているのと、シジュの教え方が良かったため、彼の作ったダンスチームはテレビで企画されたダンスバトルなどの常連出場するまでになった。

常連の出場チームは何組かいた。その中で女子だけのチームを組んでいた中に、彼女がいたのだ。


「私達と……いえ、私と組んだらもっとすごいことが出来るわ。一緒に組まない?」


シジュはダンスチームの解散を考えていた。就職せずにダンスでやっていこうというメンバーは、シジュのチーム内には二人しかいない。

それはどうやら彼女の方も同じだったらしい。男女三人ずつの六人で新しくチームを発足したのはシジュ達が高校を卒業してからだった。


ダンスの活動は、他のチームに比べれば上手くいっていた方だろう。

テレビのダンスバトル番組だけではなく、有名アーティストやアイドルのバックダンサー、ライブに呼ばれたりもした。その中には当時爆発的な人気を博した『アルファ』もいて、ヨイチとはその頃知り合った。

シジュと彼女を中心としたダンスチームは、着々と人気を集めていく。単独イベントの話も出ており、メジャーデビューの話が出るくらいになった。


出会った頃から彼女から猛烈なアプローチを受けていたシジュは、高校卒業と同時に二人で一緒に住み始め、お互い支え合い生活していた。

夜はバイト、バイトしていない時間はダンスの練習、プロからレッスンを受けたりもしていたためとにかく金がなかった。


だからこそ、メジャーデビューの話が出た時、二人で抱き合って喜んだ。

メンバーの心も一つになっていた。メジャーデビューするという夢が現実になる。それが目の前まで来ているのだ。


そして、デビュー決定から一ヶ月後、彼女は消えた。






「一度、海外のダンスチームと交流するという企画があったんだ。その時に彼女は呼ばれたんだろうな」


「……だからって、メンバーの人達に何も言わないなんて、酷すぎますよ」


「だな。……メジャーデビューの話も白紙になって、俺は一緒に暮らしてた手前メンバーには謝りまくったけど、誰も俺を責めなかった。いい奴らだ」


「あ、あ、当たり前です! シジュさん何も悪くないじゃないですか!」


「まぁ、そうなんだけどな。……実は俺も誘われていたんだよ。彼女と一緒に来いって」


「え……」


「俺は断った。もちろん彼女もその時は断っていた。だから俺は……気付かなきゃいけなかったんだ。気付くべきだったんだ。話し合えば、もっと違う結果になったような気がすんだよ」


シジュは、その時の辛い思いを飲み込むように、温くなってしまったコロナビールの残りを喉に流し込んだ。







お読みいただき、ありがとうございます。



社交……( ̄▽ ̄)

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