102、似てるんです。だから愛でるんです。
モフ回続編。
「さっきのカメラ回していたか?」
「ああ」
「どうだった?」
「ああ、良かった」
「いや、何が?」
「え? 何が?」
「ダメだ……ミロクさんの準備もあるんで、一旦ストップでー」
アシスタントディレクターの呼びかけで、ロケ車に戻る面々。仔犬のヨダレまみれになったミロクはフミに顔を拭いてもらっている。
「おしぼり持ってきてくれてたんだ。用意がいいね」
「何となく、こうなる気がしてたんですよね……」
メイク担当の女性に髪を軽く整えてもらい、車から出るとウキウキしながら再び仔犬の元へ行くミロク。
「ミロクさん、気をつけてくださいね!」
「はーい」
「……分かってないですね」
フミはため息を吐いてミロクの後を追う。まぁ、きっと二人がどうにかするだろうと、フミは深く考えないようにした。
「一度三人で柵の中に入ってもらって、仔犬たちが落ち着くのを待ちましょう。体力もそこまでないので疲れたら大人しくなると思います」
柵の中に入ろうとするヨイチを、クンクン鳴いて見送る成犬達。それを見てヨイチは微笑む。
「後でまた遊んであげるから、良い子で待ってて」
『キュン』
「キュン」
犬以外からも何か聞こえたような気がするが、気にせずヨイチは柵の中に入る。シジュも入ろうとしたところ、背中にくっついている幼女と幼児を発見し、慌てて引っぺがすブリーダー夫婦。
「シジュ、何でそのまま入ろうとするの」
「や、なんかどこまでいけるかと思って」
二人が柵の真ん中辺りで座ると、我れ先にと駆け寄る仔犬たち。少し早く生まれた仔は元気にシジュに登っていく。ヨイチの側には親犬の匂いに気づいた仔達がうっとりとくっついている。
ピンと立たない耳の先は少し垂れていて、つぶらな瞳は好奇心でキラキラしている。尻尾は高速回転しており、尻尾よりもお尻を振っているのではと思う良い振りっぷりだ。まだ歩くのもおぼつかない仔犬はヨチヨチ歩いてはお尻をプリプリしている。
成犬の少し硬い毛とは違う、柔らかなポワポワな毛を堪能する二人に稲光が走る。
「おい、これって……」
「うん。何というか……似てる?」
二人の目の前には薄茶色の仔犬が数匹。
「ミロク入りまーす。すいません、待たせちゃ……っとと、今度は耐えましたよ」
突進してきた仔犬達を抱えると、ヨイチとシジュの側に座り込む。そして手元を見たミロクにも、大きな稲光が走った。
「はい、カメラ回してまーす」
カメラマンの声に、ヨイチは慌てて目線を向ける。
「仔犬が可愛くて、夢中になっちゃうね。このモフモフは良いモフモフだよー」
「俺、触ろうとしても登られるんだけど……」
「すごいねシジュ! 肩に鈴生りだね!」
「……」
「おい、ミロク?」
「どうしたのミロク君?」
ミロクは抱いている数匹を見て、頬を赤らめて蕩けるような微笑みを浮かべている。
「ヨイチさん、シジュさん、この仔達めっちゃ可愛くないですか!?」
思わずミロクに寄るカメラ。薄茶色のポワポワな毛並みの仔犬達は、ミロクに抱かれて嬉しそうにキュンキュン鳴きながら、ミロクの手や指を舐めたり甘噛みしている。ポッコリお腹を見せてる仔犬もミロクの胸元でご満悦な表情だ。
そしてミロクは嬉しそうに幸せそうに、あのCMを彷彿させる甘い笑顔を浮かべている。
「……んがふっ」
「……ぐっ」
「……はぁん」
カメラマンから漏れる謎の音、音声担当は体を二つに折り、部材を持つ女性スタッフは耐えきれずしゃがみこむ。
だが、さすがはプロ。
撮影は続行している。ほぼ気力のみで。
「ミロク、落ち着け」
「ええ? だってこの仔達、そっくりじゃないですかぁ……ああ、可愛い……」
ポワポワな毛並みをモフモフしまくるミロク。仔犬達はキャッキャと喜んでいる。
「ああ、ダメだミロク君がゾーンに入ってる」
「なんでどっかのスポーツ漫画みたいな事になってんだよ」
「ミロク君のあの手を見てみなよ。常に休まず仔犬達の気持ちいいツボを的確にモフっているんだよ」
「な、なんだってー!?……それじゃ、ミロク……あいつは……」
「そう、彼こそはモフモフ極めし者! さすがは王子!」
「……王子はやめてください」
高速でモフりながらも、しっかり意見は言うミロク。そんなヨイチの撫でている仔犬達は「貴方様に一生ついて行きます!」みたいな恍惚とした表情だし、シジュの肩に鈴生りになってる仔犬達は「てっぺんとったー!」という達成感溢れる表情をしている。
テレビとして、絵面は面白い。面白いがしかし……
「信じられない……犬達が静かすぎる……」
「これが、アイドルなのか……?」
柵の外にいる成犬達は、しっかりとお座りをして三人を見守っている。さながら近衛騎士のような面持ちで、見学している飼い主達も戸惑っていた。
「うちの子、あんな凛々しい顔してたかしら?」
「あの顔まるでシェパードみたいな……幻覚?」
「いつもは吠えてうるさいくらいなのに……」
トラブルが起こりがちな、動物が絡む撮影としては異例の早さでロケは終了した。
だが、スタッフたちの体力は、いつもの倍以上に消耗したという。
(これは、次も呼んでもらえるのかな……)
このカオスな状況の中、フミはぼんやり現実的なことを考えるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の仔犬の描写、ひろたひかる様に参考資料をいただきました。(Twitter)
ありがとうございます。




