101、仔犬はモフモフでお尻もムチムチプリプリでお腹もポッコリだ。
モフモフだけじゃない。
秋らしい澄んだ空気とともに草と土の香りがした。
都心では感じられない『自然』を感じ、ミロクは少し戸惑って辺りを見回す。
「ここは……」
「埼玉だな」
「埼玉だね」
あっさり返されたミロクは、ヨイチとシジュを非難がましく見る。
「いいじゃないですか。ラノベの異世界転移っぽくしたって」
「埼玉が異世界なら、千葉あたりは何なんだよ」
「甘いねミロク君。近くに森とかないとそれっぽくないよ。ちょこちょこ民家あるし」
「何で詳しいんだよオッサン」
「最近ミロク君オススメのラノベを読み始めたんだよ」
「ヨイチさん寝てますか?」
「寝たよ。さっき車の中で」
「オッサン、女性陣に怒られっぞ」
「……善処するよ」
ミロク達は、待ちに待った『秀才!タムラ動物パラダイス』のロケの撮影に来ている。埼玉の中程にある柴犬専門のブリーダーの所に今の時期たくさん仔犬がいるとのこと。
ブリーダーさんのご好意により、ブリーダー仲間呼んでさらに仔犬を集めてくれたらしい。
ドッグランも併設しており、すぐ近くの喫茶店はドッグカフェらしい。犬を飼っている人達にとっては、ここに来れば事足りる便利な場所のようだ。
ブリーダーの夫婦は、共に344(ミヨシ)を知っていた。アニメ好きで『ミクロットΩ』オタクだと笑って言う。
「いやぁ、まさかの王子様御一行が来られるとは、光栄です」
「うう、王子様は……」
「しょうがないよミロク君。デビュー前から王子様って言われていたんだし」
「俺の最近の二つ名よりはマシだろ」
早速ブリーダー夫婦の息子二歳と娘三歳は、シジュに登りはじめていた。そして出迎えてきた親犬らしき柴犬数頭はヨイチの前で「伏せ」の状態だ。逆らってはいけない何かを感じたらしい。そんなピシリとした成犬の前にミロクが行くと、てれりとお腹を出して体をくねらせている。
「可愛いなぁ」
同じくてれりと頬を緩ませるミロク。幸いにもミロクの顔を見ていないブリーダーの夫婦は、犬の様子を見て驚く。
「あれ、普段は初対面の人間に懐かないのに……うちの子を含めて。凄いですね三人とも」
「仔犬はもっと可愛いですよ。着替え終わったらご案内しますね王子」
「うう、王子は決定なんですね」
ミロクは肩を落としながらも、仔犬との対面に胸を躍らせていた。
「はい。ミロクさん衣装ですよ」
「あ、adiósのジャージだ。……白かぁ」
フミから手渡された有名メーカーのジャージを見て、ミロクは再び肩を落とす。隣を見るとシジュは赤いジャージだし、ヨイチは青いジャージだ。
「メーカーとデザインは一緒なら、色も揃えればいいのに……」
「お揃いが良かったんですか? でもミロクさんは白が似合いますよ」
「フミちゃんは白好き?」
「はい。可愛いですよね、白いジャージ」
「好き?」
「え、はい。好きです」
「なら着る」
「いいから早く着替えろっつの!」
すぱこーんとミロクの頭をスリッパで叩くシジュは、すでに着替え終わっていた。日に焼けた肌に赤色が映えて似合っている。ダンサーっぽい、お洒落な感じだ。
対してヨイチは均整のとれた筋肉を綺麗に見せるジャージの格好がよく似合う。イケメンアスリートといった雰囲気に、メイク担当の女性が熱い吐息を漏らしていた。
シジュに怒られて、それなりに急いで着替えたミロクは、学生風の爽やかな青年といった感じだ。何というかアニメに出てくるお金持ちの学校の指定ジャージ……というか、何故か若返っているようにも見える。
「はぁぅ……ミロクさん、ジャージ似合いますね!」
「ミロク君、本当は年齢詐称してるとかないよね?」
「俺ら、そこまで年齢差ないよなぁ……」
腑に落ちない顔をしている年長者二人はさて置き、ミロクはフミに褒められご満悦であった。
ロケ班の準備が出来た所で、三人は撮影に入っていった。
「「「モフモフを探そうのコーナー!」」」
「初めまして! 344(ミヨシ)のミロクです!」
「ヨイチです。よろしくね」
「シジュだ。よろしく。このコーナーは全国各地のモフモフを見つけて、それを視聴者の皆さんに届けるという企画……だ、そうだ」
「カンペ丸読みですね。シジュさん」
「うっせー」
「ミロク君、今日は柴犬専門のブリーダーさんのお宅にお邪魔しているんだけど……」
「情報では離れが全部柴犬さんの為にあるそうですよ。行ってみましょう!」
三人が敷地の奥にある離れに近づく。代表してミロクがドアを開けると、そこは緑の芝生風の絨毯がひいてある、仔犬専用のスペースになっていた。
大きく周囲を取り囲む柵の中には、二十匹ほどの茶色と白と黒のモコモコムチムチモフモフな物体が……。
「柵の中に入ってもいいですか?」
「どうぞー」
ブリーダーの許可を取り、そっと柵の中に入ったミロクは少しよろけて座り込む。と同時に、何かを察知したモコムチモフな毛玉達が一丸となってミロクに突進してきた。
「うわっ、えっ、ちょっ……」
成人男性とはいえ、さすがに中途半端な体勢の中に突進されると弱い。そのまま寝転んでしまう中、ミロクは毛玉達の容赦ないペロペロ攻撃に晒される。
「おーい、ミロク君無事かーい?」
「すげぇなミロク。そのモテっぷり、アイドルみたいだぞー」
「た、たすけてくださ……んぷっ」
「ミロク君はいい匂いがするのかもね。今日は強い匂いのするものはつけてないはずなんだけど」
「そういや、さっき着替えてる時ミロクいい匂いがしたぞ」
「シジュ、何で嗅いでいるの」
「隣にいりゃ嗅ぐだろ普通」
そんな会話をしている二人の周りには、仔犬の親や他の成犬達が集まり、皆一様にお腹を見せたり伏せをしたりしていて大人しいものだ。
「……この人達、一体……」
呆然と呟くブリーダー夫婦だけではない。ロケ班のスタッフも全員心の中に同じ疑問を持っていた。
ポッと出の新人アイドル?ユニットと聞かされていた三人。どうも想像していたのとは違う。彼らを知っているブリーダー夫婦にとっても想定外の状況だ。
撮影は一度中断し、幸せそうな顔のミロクは無事救出され仕切り直しとなった。
まさかの仔犬先制攻撃からの勝利。
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