95、芙美の説得と若者の成長。
お久しぶりの登場。
尾根江の「オネエなゲイの空騒ぎ」は、一先ず終息する方向を見せ、如月事務所の周辺に張り付く芸能記者は居なくなった。
気配に敏感なミロクが見回って大丈夫だったというのと、事務所近くにある商店街の人達が、雑誌の記事を見て手分けして見回ってくれたらしい。日頃の付き合いの賜物であろう。如月事務所の評判がすこぶる良かったのと、344(ミヨシ)の人気がご近所魂に火をつけたと思われる。
このお礼は、商店街で344のイベントを開催して欲しいとのこと。無論ヨイチは企画している次回のイベント開催場所に商店街を加えた。以前かなりの人出があり迷惑かけたかと思っていたが、そうではなかったと知り嬉しく思う344メンバーであった。
久しぶりの事務所へ集まった三人は、早速打ち合わせに入る。フミも資料を持って全員にコピーしたものを配っている。
「それで、先日僕の至福の時間をぶち壊してくれた、あの件なんだけどね」
「ヨイチさんの件はどうでもいいですけど、CMの事ですか?」
「お、決まったのか! 早く教えろよ!」
「なんか二人して最近冷たくないかい?」
「気のせいですよ。で、これですか……」
ヨイチの悲しげな顔はスルーして、
CMの企画書はどうやら最初から作り直したらしい。そして絵コンテはかなり細かく書かれている。アニメとのコラボという事もあり、主人公らしき女性の後ろ姿からCMは始まる。
「この女性はリアルなんですね」
「出るのは俺らだし、そうじゃないと違和感ありまくりだろう」
「コスプレした後ろ姿なら、素人さんでも何とかなるから予算が……と、ミハチさんが言ってたよ。アニメで出てくる乗り物のディーバはCGで入れ込むそうだけど」
「それもお金かかるんじゃないんですか?」
「まぁ、これは当初から入れる予定だったしね」
「んでよう、俺もやんのか本当に」
「髭はさすがに剃らないとかな」
ヨイチの言葉に、剃るのかーと顎を撫でるシジュは特に髭に思い入れは無いのだが、剃刀負けしやすい肌だからというワイルドらしからぬデリケートな理由があったりする。
「二人は目元だから良いですよ。俺マジでアレになりますよね。アレに」
アレの意味を掴みかねているオッサン二人がミロクにかける言葉を選んでいる間に、フミが「大丈夫ですよ!」と声をかける。
「大丈夫ですミロクさん。格好良いです。素敵です。堪らないです!!」
落ち込むミロクにズイズイ詰め寄るフミ。最近彼女は『萌え』という感情を知り、今のフミは知識を貪欲に求める傾向にあった。
そして、メイクしたミロクがCMに出るということに、最初は戸惑ったものの会議室での色気を思い出し、ミロクの新しい一面見れると嬉しく思うようになった。
「アイドルなら多少のメイクをいつもしてますよね、それが少し濃くなっただけですよ」
それに……と、フミはモジモジと膝を擦り合わせている。頬を染め、潤ませた瞳を上目遣いでミロクに向けていた。
「あの、ミロクさんのCM、すごく楽しみで……どんなミロクさんでも見たいなんて……私、欲張りでしたか?」
この、恥ずかしそうに頬を染め、プルプル震える小動物のような可愛らしい生き物を、神はなぜ創りたもうたのか。
思わぬ攻撃を受けたミロクはそのまま撃沈。
年長者二人は慈愛を込めた微笑みを浮かべ、ミロクの肩にポムと手を置いた。
「弥生さん、お久しぶりです」
「大野さん」
声優アイドルであり、アニメの情報番組のメインパーソナリティーでもある大倉弥生は、相変わらずよく通る声に苦笑して台本から顔を上げる。
スタジオでの収録待ちをしていた弥生は既にセリフを暗記しているものの、直前まで台本を開いておくタイプだ。開いているだけで落ち着くというのが理由だから、誰かに話しかけられても特に気にしない。
同じ事務所仲間でもある大野光周とは、それを知っているくらいに仕事仲間としての付き合いは長かったりもする。
「俺はミクロットΩの収録ですが、弥生さんもですか?」
「ええ、やっとメロンちゃんの回で」
「ああ、そうでしたね。俺は今回はあまりセリフなくて……イチゴちゃんとの絡みが多いので」
「ですね。あ、王子といえば聞きました? アイドルユニット344(ミヨシ)の話」
344と聞いて、ビクッと体を震わせる大野に、弥生は少し首を傾げるが構わず続ける。
「CMの仕事、とれたらしいですよ。アニメとのコラボもあるから事前情報が公開されたみたいです」
「え! そうなんですか! ……やっぱりあの人達は凄いなぁ、おめでとうだよね」
少し顔色の悪い大野だが素直に彼らを祝福した。彼の長所は素直さなのだ。俺も頑張らないとと呟く彼は、晴れやかな顔をしていた。
(ふぅん、どうやら本当に心を入れ替えたみたいね)
そんな大野に心の中で頑張れと言い、弥生は再び台本に目を落とした。
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次回の更新は10/12予定です。
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