94、与一の切ない想いとオネエに任せる件。
やるせない。
「ねぇ、ニナ」
「なぁに、お兄ちゃん」
「俺の大事な『モフモフわんころ餅抱き枕』を抱きしめて、すすり泣いているオッサンは何?」
「んー、よく知らないけど、姉さんが急に会社に呼び出されたってのは聞いたから、それ絡みかなとは予想できるけど、詳しく聞きたくないから放置してた」
「正しい判断だよ。ニナ」
笑顔で妹の頭を撫でるミロクに、ニナは猫っぽく気持ち良さげに目を細める。後から入ってきたシジュが何も見ずに座ろうとして、ソファで横になっているヨイチに気付き「うわっ」と声を上げて驚いていた。
「なんだよオッサン、寝るなら布団で寝ろよ」
「そうじゃないんだよシジュー」
「うわ、うっぜ!!」
抱き枕を放り出してシジュに絡み始めたヨイチを、ニナは無表情でスマホのカメラで連写で撮る。ミロクは几帳面に抱き枕の『モフモフわんころ餅』の中綿を整えている。騒がしいオッサンたちにニナは母からの伝言を伝えた。
「お母さんがご飯だって。今日は大崎家特製、赤ワイン牛タンシチューで煮込んだ煮込みハンバーグだよ。……オッサンたち食べないの?」
「「「食べる!!」」」
三人息の合った反応に驚きつつも、ユニットらしくなってきたなとニナは感心する。しかしミロクも入るなら「オッサンたち」と言うんじゃなかったと、ブラコンらしい後悔をするニナだった。
打ち合わせする必要もあり、ならばと今日もシジュは泊まっていくらしい。ミロクの部屋は布団だらけになるが、部屋の主は嬉しそうだから良いだろうとヨイチとシジュは今日もミロクの部屋で寝ることにした。
「で、尾根江さんは何か分かったみたいだった?」
「ああ、確かめたいことがあるって言ってたな。それにしてもあの格好は反則だよなぁ小綺麗なサラリーマンにしか見えねーし」
「撮影の間は、特に何かあったわけでも無いですし、それでも『色々分かったわありがとうって、オタクの社長に言っておいて」ということでしたけど……ヨイチさん何か分かったんですか?」
「今回の記事の出元くらいかな。あくまでも予想だったんだけどね」
それに……と続けた言葉に、ミロクとシジュは凍りつく。
「あの週刊誌の中で一つだけ、僕の知り合いが書いてたからね」
「「!?」」
一体この社長は、どこまで人脈を伸ばしているのかというか、底が見えないというか、それくらいじゃないと芸能事務所を切り盛りできないとか、そういう怖い世界なのだと改めて思うミロク。
シジュは「相変わらずだな」と苦笑している。
「相変わらずですか?」
「ヨイチのオッサンは、昔から敵となる人間を取り込むのが上手いんだよ」
「経営者として普通だよ。普通」
「普通? そうなんですか?」
「俺に聞くな。で、オッサンとプロデューサーが会う日と場所の情報を流した奴は分かったのか?」
ミロクのまっすぐな瞳をさらりと躱したシジュは、ヨイチに先を促す。何だか推理ドラマのようだとミロクはワクワクした目でヨイチを見た。
「さすがに出元は言わなかったよ。それは彼らにとってのタブーだからね。でも情報の内容を一言一句正確に教えてくれた」
「へぇ、そりゃスゲェな」
「何がすごいんですか?」
「正確にということは、話し言葉の癖とかも分かるだろ」
「そうなんだよ。事務的に言ってるから文字に起こされただけじゃ分からなかったんだけどね。僕は内部の人間の可能性が高いと思ったから、その言葉をそのまま尾根江さんにメールしたんだ」
「で、尾根江は何かに気付いたということか」
「うん。僕は語尾に少し訛りみたいな言葉が入ってて、それが決め手になると思うけどね」
なるほどーと、頷くミロクとシジュ。尾根江はその人間に見当をつけて呼び出したんだろう。ヨイチの事務所の人間が気に入ったから会うとかなんとか適当に理由をつけて。そしてあのサラリーマンルックで悠々と彼らが動く様子を確認していたに違いない。
「記者もちらほらいたな。たまに視線も感じたしな」
「え、あの気持ち悪いのそうだったんですか。五人くらい居ましたよ」
「マジか、そんなに居たのかよ」
「ミロク君はそういう感情に敏感だからねぇ」
うむうむと頷くヨイチは、そこでガラリと表情が変わる。眉が八の字になり悲しげな顔だ。
「でさぁ、聞いてよ二人とも! せっかく今日はミハチさんと一緒にいれると思ったのに、あの会社呼び出しとかしてさぁ!」
「それはどうでもいいです」
「うっぜ。爆ぜろ。そしてもげろ」
「ひどい!!」
ミロクの部屋は昨日に引き続き騒がしく、オッサン三人の二回目の夜は更けていった。
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実家は止めとけという神の采配。




