87、司樹は運が良いか悪いか。
特にひねりもなく…
通り過ぎる人々は、皆クスクス笑いながらシジュを避けて歩いていく。それもそのはず。細マッチョなモデル体型でイケメンな男性が、渋谷のど真ん中で足に幼女を引っ付けているのだから。
「おい、お前、離れろ」
「やー。シジュたんー」
「親がいんだろ、せめて親と一緒に来い。俺が(社会的に)やばいんだよ」
「やー」
首がもげるかと思うくらいにブンブン横に振る幼女。まだ五歳にも満たないであろうその小さい体のどこにそんな力があるのか、シジュのシーパンのポケット部分に指を入れてしっかりぶら下がり、小さな足をシジュの膝あたりに巻きつけて離れない。
(この指の力、ボルダリングの才能があるんじゃねぇか?)
うっすら現実逃避気味の思考に陥っていると、真後ろで耐えきれず吹き出して笑う声が聞こえてきた。
「ぶっは、もうだめ、無理、幼女キラーは聞いてたけど、まさかの幼女ホイホイとか、っく!!」
うんざりした顔で後ろを振り向くと、思った通りの姿が目に入る。
ピンクブラウンの髪を編み込んで横に流し、先程は見なかった彼女のスラリとした体は珍しく綺麗めなワンピースで身を包んでいる。いつもは機動性重視の服装が多いのに……と見ていると、彼女は大袈裟に顔をしかめた。
「お父さんが『今日は顔合わせだから張り切ってお洒落しろ』って言われての格好だから」
シジュの視線から先回りして回答するニナは、大崎家特有のその美貌を惜しげもなく晒し、まるでモデルのようにポーズをとって艶やかに微笑む。
「どう?」
「ん、イイんじゃねぇの?」
「あっそ」
特に熱の入った回答を求めていなかったらしいニナは冷めた目でシジュを一瞥すると、しゃがみこんで彼の足にしがみ付く幼女に視線を合わせる。
「お名前は?」
「うー」
「大丈夫。シジュたんと一緒にパパとママを探してあげるから」
「シジュたんと?」
「うん。お姉ちゃんも一緒でいい?」
さすがミロクの妹であり接客のプロのニナである。そのキラキラした微笑みで幼女の警戒心を一気に消滅させた。そんなニナの笑顔に幼女は頬を赤く染め、恥ずかしそうにモジモジしてからコクリと頷く。
「う……いいよ」
「ありがとう」
シジュから手を離してニナに抱っこを求める幼女。その涙と鼻水に濡れた顔が服に付くのを気にすることなく抱き寄せる彼女を見て、何故かシジュが慌てて拭くものを探してしまう。
「気にしないで。洗えばいいし」
「そうか、なんか悪りぃな」
「別に……あ、そうそうこれ」
黒い革のケースのスマホを差し出すニナ。見慣れたそれにシジュは自分のスマホだと気づく。どうやら忘れ物を届ける為、ニナは追いかけてきてくれたらしい。さらに幼女がらみの騒動に巻き込み、重ね重ね申し訳ない気分になる。
「……ホントに悪りぃ」
「だからいいって。お兄ちゃんの仕事仲間が通報されるとか、シャレにならないし」
「ホントそれな」
シジュはため息をついて、ニナが抱き上げている幼女の顔を見る。見覚えがあるとは思うが、名前まで思い出せない。
「とりあえずここから動かないほうがいいな。警察に電話して、迷子の問い合わせが来てないか聞いてみるか」
「そうね。そこのテラス席で座ってようか」
シジュが警察やら何やらに電話している中、ニナは幼女に水を飲ませていた。本当ならジュースを飲ませたいところだが、アレルギーなどがあってもいけないと思い水という選択をする。
「あのねー、シジュたんにあいにきたのねー。そしたらパパとママがかえるっていうから、シジュたんにバイバイしたかったのにダメっていうのー」
どうやら先程のイベント会場に家族で居たらしい。シジュは「ありがとうな」と言うと、幼女は嬉しそうな笑顔を見せた。
ミロクと連絡を取り合ったニナが、イベント会場でパニックになっている家族がいるという情報を得る。
現在地を教えると慌てて迎えに来て、泣きながら頭を下げまくる家族に幼女を引き渡した際、やっとシジュは思い出す。
「ああ! 前にラジオの企画で一緒した家族か!」
「思い出すのが遅い!」
「シジュたんおそーい!」
ニナと幼女につっこまれた四十路男は苦笑して頬を掻く。前の職業では人の顔と名前は確実に憶えていたのに、最近は衰えたかと少し落ち込んだ。
すっかり幼女に懐かれたニナが、別れが悲しいと再び泣き出す幼女にまた会おうと約束している。それを眺めるシジュは、この礼と詫び何が良いか考える。
「妹のことは兄に聞くか」
元ホスト、現アイドルという数奇な運命をたどるオッサンは深いため息を吐くと、泣いている幼女を囲む輪へと入っていった。
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幼女ホイホイ!( ´ ▽ ` )




