83、プレゼンする344(ミヨシ)。
頭から煙が出ています。
見直す気力が……m(_ _)m
『僕らは楽曲提供のみで、ミクロットΩというアニメーションとのコラボでした。主人公の女の子達を登場させる絵コンテだと資料にも書かれていますね。ですが、それはどうでしょう』
ヨイチは室内を見回しニコリと微笑む。そのしっとりとした空気に、硬くなっていた商品部の社員が少し力を抜くのが見える。ゆったりとヨイチの横で構えるミロクとシジュは、それを確認してヨイチに合図を送った。
『アニメで僕らはキャラクターとして登場しています。主人公の敵役です。そして提供する曲も主人公達を虜にしようとする曲なんです』
その説明を聞いて騒めく幹部たち。どうやら細かい設定を知らなかったようだ。資料には記載されているのだが、お偉方とはそういうものだろう。全員がそうとは言わないが。
『ですが、化粧品のCMとは相性抜群だと思いますよ。相手を、お客さんを虜にするんですから。化粧をして、ね』
ミハチがサンプルの化粧品を持ってくる。数種類の口紅を見せると、シジュは幾つか選びミロクの手の甲に少しずつ試すと、一本を選び出した。
そしてオリーブオイルの美容液のサンプルも手に取る。
『さて、僕らはアラフォーアイドルとしてデビューしています。僕らの年齢をご存知で? ちなみに彼、ミロクは三十六になります。最初大学生かと思ったくらい若々しいですよね』
「ちょ、ちょっといいかしら」
『はい、何でしょう』
「あなたはいくつなの?」
幹部らしきグループの中にいるマダムからの問いに、ヨイチは「四十一ですよ」と流し目付きで答えると、マダムの熱いため息とともに周りの騒めきが大きくなる。
『実は、ここにいる大崎ミハチさんから、定期的にうちの事務所に送ってもらっているんですよ』
ヨイチは上座に座る壮年の男を見て言う。
『御社の基礎化粧品を、です』
フミの持ってきた椅子に座ったミロクは、シジュに顎を指でクイっと持ち上げられている。その様子をつぶさに見てしまっている女性たちの、抑え切れない声が所々から聞こえてくる。
諦めたように目を閉じてされるがままになっているミロクに、各所から「ふぐぅ」や「ぐっは」などの呻き声が聞こえてくるが、シジュは気にすることもなく筆を使って淡々と作業をしていく。
オリーブオイルの美容液を両手で擦り合わせ、ミロクの黒髪にワシワシっと塗り込んでヘアメイクまでやってみせるシジュにヨイチも驚く。
「ま、応急処置だな」
「うう、唇の違和感がすごいです」
「我慢だよミロク君」
少し濡れたような黒髪に、白い肌によく似合う淡いピンクに彩られた唇が透明感のある雰囲気を醸し出している。元々メイク要らずのミロクだが、少し手を加えただけでここまでの色香を出すとは……と、シジュは内心驚いていた。
そして三人は奥にいる一人の男性の前に立つ。
『どうですか? CMで使ってみませんか?』
「……」
どうやらこの中でトップであろう男性は、深いため息を吐くと「私が許可します」と言って立ち上がる。
「一旦休憩です! 十分後再開します!」
司会者の薫が我に返って言うと、慌ててミハチがヨイチ達を別出口に案内する。
そこにいるのは先程の男性と秘書らしき女性。
「さすが、事務所の社長……ですね。如月ヨイチさん。同じ社長でも私とは大きく違いますね」
「いえ、メンバーのお陰です。僕は何も」
お互い名刺交換を始める社長達を、ミロク達は苦笑して見ている。
「ところで、あなた達の綺麗な肌は、我が社の基礎化粧品でという事でしたが、本当ですか?」
社長が問いかけると、皆が一斉にミハチを見る。決まり悪そうな顔で彼女は「はい、一応」と返事をする。
散々ミロクで商品開発の実験体にしていた事を絶対言うなと、姉のラスボスのような力のあるアイコンタクトにミロクは苦笑した。
社長はこのまま退席するらしい。344には後日連絡するとのことで、ミロク達も一度事務所に戻ることとなった。
「しっかし、見事だったなぁ、さすが社長!」
「僕としてはシジュのメイク技術に驚いたけどね」
「んなもん見てりゃ出来るだろ」
「俺も器用だって言われますけど、さすがにメイクは出来ませんよ」
フミにメイク落としのコットンを渡され、即落としているミロクは「まだ唇が変だ…」とゴシゴシ拭こうとするのをフミに止められている。
そこにさっきまで司会をしていた薫が駆け寄ってきた。手には色紙とマジックがある。元々用意されていたようだ。
「ごめん! シジュくん帰る前にサインちょーだい!」
「おう、娘さんなんて名前だ?」
「え、ウチにもくれるの? じゃあ『莉緒』で!」
薫はスマホで文字を打ち、漢字を確認させると、シジュはサラサラとサインを書いてヨイチとミロクに回す。
「薫は帰れねーのか?」
「誰かさんたちのおかげで、今日は早くても定時あがりねぇ」
「う、すまん」
「いいのよ! アレがなきゃもっと残業増えていただろうし!」
サインを見ながら、これで許してくれるかなぁと呟く薫に、ミロクはふと問いかける。
「娘さん、怒ってるんですか?」
「今日は父母参観日だったの。午前午後とあったんだけど、両方無理だから……でもシジュくんのファンだしサインあれば喜ぶわ! きっと!」
「サインよりも、シジュさんが行けば良いじゃないですか。父母参観に」
「ハァ!?」
事もなげに言うミロクに、シジュはアイドルにあるまじき表情にで反応し、ヨイチは面白そうなだと言わんばかりの顔で微笑む。
「ちょうどスーツで良かったですね」
にっこり微笑むミロクの笑顔が、悪魔の笑顔に見えたと、その場にいた全員が後日語ったという。
そしてその時……
(ミロクさん、実は人前で化粧された腹いせで、シジュさんに無茶振りしてる? なんてね)
……フミがポワポワ考えていた事が真実だとは、誰も知ることが無かったのである。
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