81、気づかう司樹と、緊急会議。
……という事なのです。
雑誌のモデルの仕事を終え、確認作業をしているスタッフ達から離れたシジュは、そのままオープンテラスのあるファストフード店でコーヒーを買う。
平日とはいえ、それなりに人通りのある場所での撮影だったが、オフィス街の為に足を止める人は少ない。それでもシジュのスマートで均整のとれた体と日に焼けた肌、ワイルドに見えるが整った顔をしている彼に熱い視線を送る女性は多い。
そんな視線も慣れたものなのか、それに気づかないほどの集中なのか、イヤフォンの音量を上げてスマホを睨みつけるように見ているシジュに男性スタッフが声をかけてきた。
「何を聴いてるんですか?」
「ああ、これな……」
イヤフォンを外して聴かせると、ひたすら単音のピアノ音が聞こえてくる。マイナーで単調な音階に、聴いたスタッフは顔を引きつらせる。
「シュールっすね」
「ま、ボーカルパート毎のヤツだしなー」
「真面目っすね」
「まぁな」
シジュが粗野な雰囲気に見えるも、勤勉で気遣いのできる男だというのはスタッフ周知の事実ではあるが、見かけが『ワイルド』なのでどうしても違和感があった。
スタッフとの会話が終わると、再びスマホの譜面を見ていたシジュはヨイチから着信が入ったことに気づく。メールではなく通話というところに緊急性を感じる。
「え? 今すぐか? 分かった」
シジュは慌てて最終確認をしているスタッフに声をかけると、今日は上がって良いと言われる。「次もまたよろしくな!」と言ってファストフードのドーナツをスタッフ用に置いていったシジュは、さすが『気遣いのできる男』なのだろうと、先ほど話していた男性スタッフは笑顔で見送った。
午前中に事務所にいたミロクとヨイチは、フミの運転で急ぎ向かっていた。ミロクに姉のミハチからCMの件で緊急の呼び出しがあったのだ。
ヨイチはなぜ恋人の自分に連絡してこないのかと不貞腐れながらも、魔法のように三人のスケジュールを組み直す。フミは両親と出かける約束があったがキャンセルして駆けつけた。週末の344(ミヨシ)サードシングル発売イベントまでは滞在するとの事で、別の日にしてもらったらしい。
「フミちゃん大丈夫だったの?」
「はい!こっちの方が大事ですから!お母さんも言ってました!」
「……という事は、兄さん泣いてるね」
「泣いてました!」
「……」
ポワポワ元気に返事をするフミに、男二人は憐憫の情を覚える。
「シジュさんは現地集合ですか?」
「うん。幸いにも撮影場所が駅二つ離れたくらいだからね。先に着いているかもね」
「え、もう終わってるんですか?」
「今回表紙撮りで、明け方のビルの屋上だったらしいよ」
「それはまた……」
なんというか、色々な意味でシジュに似合いそうだなとミロクは思ったが、言葉にせず飲み込む。
「賢明だね」
「もうすぐ着きますよー」
フミはマイペースに、それでも巧みなハンドル捌きを見せつつ、ビル内駐車場に車を滑り込ませた。
「あれ、シジュ?」
「え? 薫ちゃんか?」
待ち合わせしているビルのロビーで、所在なさげに立っていたシジュにスラリと背の高い女性が声をかけてきた。
顔を見てすぐに名前が出てくるのは、知り合いではなく昔の「客」だからだ。
「やっぱり、344のシジュなんだね。こんなセンスのいいスーツなんて着ちゃって!」
「や、これは撮影の仕事のまま来たからだ。いつもはもっと適当」
ニヤッと笑ってネクタイを緩めると、薫と呼ばれた女性は「ダメよー」と締め直す。
「これから会議なんだから、我慢してなきゃ」
「何で俺が会議出るって知ってんだ?」
「だってウチの会社の緊急会議でしょ? もう、本当にタイミング悪いったら……」
柔らかな雰囲気を一変させた薫は、イライラとハイヒールの踵を床に打ち付ける。まぁまぁとシジュが宥めると、彼女は決まり悪そうな笑顔を見せた。
「今日はね、娘の参観日だったの。呼び出されたから行けなくなっちゃって……あ、そうそう、娘がアニメのシジュを見て貴方のファンになったみたいなの。サインもらえる?」
「お、おう。俺で良いのか? ミロクも来るぞ」
「あら、じゃあ皆さんの貰えたら、きっと喜ぶわ」
「ん、じゃあ後で渡すよ」
やっと本当の笑顔を見せた薫にホッとする。シジュは人を笑顔にするという仕事をしているという点では、昔も今も変わらないと思っている。
薫と別れ、ふと入り口に目を向けると、ニコニコしているミロク達がいた。
「おい、面倒くせーから早く来い」
「ネクタイを締め直したりして良い雰囲気だったから、邪魔できなかったんだよ」
「かなり最初から見てんじゃねー」
「スラッとした綺麗な人ですねぇ。背も高いし」
羨ましげに彼女の後ろ姿を目で追うフミの身長は、推して知るべしである。ミロクはポワポワな頭を撫でながら「小さい方が俺は好きだよ」と言ってフミの顔を赤くさせる。
「昔の客だ。綺麗に遊ぶ人だったから尚更憶えてんのかも」
「綺麗に遊ぶって、遊び方があるんですか?」
ミロクは首を傾げる。彼は基本的にそういう店に行った経験がないので、想像では男女共に酒を飲みまくるイメージしかない。キャバクラも然りだ。
「まぁな。ホストクラブは派手に金使って遊ぶイメージあるかもだけど、普通に店に来て軽く飲んで、ホストと会話を楽しんで帰るって客もいる」
「シジュはランキングも真ん中辺りだったからね。そういう綺麗なお客さんが付きやすかったのかもね」
「へぇ、でも何となく分かりますね」
「そうだろう?」
「何がだよ」
訳知り顏でニヤニヤするミロクとヨイチに、シジュがつっかかっていると、カツカツとヒールで走る音が近づいてきた。
「ごめんね! 突然呼び出して!」
アッシュブラウンの髪をなびかせ、息を切らせてミロク達の元に来たミハチは四人に入館証を渡す。
「とりあえず歩きながら説明するわ!」
どうやら思った以上に緊急事態らしい。ミロク達は顔を見合わせると、直通エレベーターへ向かう彼女について行くのだった。
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