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恋の魔法が解けた時 〜 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました 〜  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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69. 帰還(※sideミリー)

 ついに母国に帰ってきた。

 全く望まぬかたちではあるけれど、どうにかティナレイン王国の地を再び踏むことができた。


 長い馬車の旅がようやく終わる。私の胸は野望に燃えていた。エリオット殿下……この私が帰ってまいりましたわ。異国の娼館なんかに売り飛ばされて、もう二度と帰ってくることなどできないと思っていたのに、結局こうして戻ってきた…。やっぱりこれって運命よ。天の采配なんだわ。


(待っていてください、エリオット殿下。…あの女と殿下の間に割って入ってやるわ。何年も何一つ思い通りにならない人生だったけれど、ここから変わるはずよ。どうせあんな女、まともに王太子妃としての務めを果たしているはずがない。エリオット殿下にはきっと私の助けが必要なはずよ。どうにかして殿下に謝って、今でもあなたのことだけを愛しているのだと、あなたのために生涯尽くすと訴えかければ、きっと殿下も私のことを……)


「ここがティナレイン王国だよ、ターニャ。美しい国だろう?…僕には嫉妬深い妻がいるからさ、表立って君を可愛がってやるわけにはいかないけどさ、ふ、ふふ…、できる限り隙を見つけてはイチャイチャしようねっ。ふふ」


 隣に座ってずっと私の太ももを不気味な手付きで擦っていた商人上がりの男爵が不気味に笑いながらそう言ってきた。脂ぎったチリチリ頭の気持ちの悪い男だ。


「…。…ええっ、もちろんよ!嬉しいわぁ~っ!なーんて素敵な国なのかしらぁっ!うふふふふっ」


 私は白けた顔をすばやく引っ込めると胸の前で両手を組み首をコテンと傾けながら男に愛想を振りまいた。


(きっもちわるい。何がイチャイチャしようねぐふふよ。あんたなんか本当ならこの私に指一本触れるどころか視線を合わせることさえ許されないレベルの男なんだからね!ふざけるなよ)


 だけど今はこの男だけが頼みの綱だ。

 この男をどうにか籠絡してようやくここまで来られたのだから。






 エリオット殿下とあの女の結婚を知ったあの日から数年後、ついに私は娼婦として客をとらされることになった。

 死ぬほど嫌で嫌でたまらなかったけれど、娼館を出たところで生きていく(すべ)はない。結局誰一人めぼしい男を引っ掛けられなかったからだ。

 しかししばらくして、このカモに出会った。

 その国の商人の男だったが、見た目によらず素晴らしい商才を発揮し貿易によってそれなりの財を成し、ついに爵位まで賜った男らしいのだ。


(ま、そうは言っても落ちぶれる前のうちとは雲泥の差だけどね。所詮は成金の下品な男よ)


 あくまでもこの男を下に見ていた私だったが、客として対応したこいつが男爵を賜った男だと知った途端、私は男を褒め称え媚びまくった。素敵だわぁ~素晴らしいわぁ~、あなたとずっとずっと一緒にいたいわぁ~、奥様が羨ましいわぁ~と心にもないことを言いまくっていたら、そのうちこいつが鼻の下を伸ばして「じ、じゃあ、僕と一緒にティナレイン王国に来るかい?当分あっちと行ったり来たりの生活になるからさ、むふ」と言ってきたのだった。

 ティナレインですって?!私は叫び出したいのを堪えるのに苦労した。


 聞けばこいつは向こうにも滞在用の屋敷を借りているらしい。ということは、この男についていけば私はエリオット殿下のいるあの国に戻ることができるのだ。あとは……、どこかのタイミングで上手いことこいつの金をごっそりと奪って逃げ出す。いろんな国を行ったり来たりで忙しいこの男のことだ。隙はいくらでも見つかるだろう。それに私はこいつに本名も明かしていない。遠方の国から親に売られて娼館にやって来た憐れな平民のターニャということにしてある。足がつくこともないはずだ。


 


 都合のいいことに、男の借りているタウンハウスは王都の中心街にあった。


「むふ、ここはね、数年前まではこの国の公爵家の持ち物だったそうなんだ。でもその公爵家が何かやらかして私財を全て手放すことになったらしくてね。買い取った人が借家として借り手を探していたんだよ。いいタイミングで僕が借りられたんだぁ。すごいでしょ?ふふふ」

「……。」


 そうか。ここも元はあのディンズモア公爵家の……。


「んまぁぁぁっ!すっごーい!素敵なお屋敷だわぁ!えっ?!私もここに住んでいいのぉ?いやぁーん嬉しいわぁ~!」


 私は男の腕に自分の腕を絡めて猫撫で声で答えた。だが男が慌てて私を引き剥がす。


「ち、ちょっと!気をつけて…、妻が先に来ているはずだからさ。君のことはあくまでこちらでの使用人として雇ったってことになってるんだからさ…。気持ちは分かるけど、妻の前では僕に甘えてきちゃダメだよ」


 男の言葉にカチンときた。


(はぁぁ?!何が“気持ちは分かるけど”よ!好きであんたなんかに媚びるわけがないでしょうが!全部演技よ演技!!不細工な成金野郎が…、調子に乗って……!)

 

 だけど私は怒りを表に出すことをグッと我慢した。ようやくここまで来たんだ。今この男の機嫌を損ねるわけにはいかない。まだこいつの存在が必要なのだから。


「…はぁ~い。我慢するわねっ。うふふっ」


 腹立たしさに唇の端をピクピクと引き攣らせながらも私は懸命に笑顔を作った。






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