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恋の魔法が解けた時 〜 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました 〜  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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68. 最下層の男(※sideダリウス)

「今度は王女様だとよ!」

「ああ!知ってるよ。名はたしか……、ソフィア様だ」

「そうそう、ソフィア様!やっぱり美人に育つんだろうなぁ、王太子妃に似てさ」

「ああ、結婚セレモニーで遠くから一度見ただけだが、俺はあんな美女を肉眼で見たのは初めてだったなぁ。本当に目も眩むほどの美しさだったよ。肌が真っ白でさぁ。次々と男女の子宝に恵まれるなんてよ、よほど運の強いお方なんだろうさ」

「っかーー!別世界の話だなおい」

「俺は近くで見たことがあるぞ、あの王太子妃をよ」

「な、なにっ?!本当か?!」

「ああ。今はこんなだが、俺ぁ孤児院の下働きやってたことがあんだよ。一度王太子妃が慰問に来たことがあってさ。いやぁぁぁすごかったよ。ただそこに立っているだけで、なんつーか、キラキラ光って見えるんだよ。ああいうのをオーラってのかねぇ」

「はぁー羨ましいぜ!俺も近くで見てみてぇなぁ、一度でいいからよぉ」

「つーか、おめぇ孤児院の下働きなんかやってたことがあるのかよ?!」

「ぎゃははははは!似合わねぇなぁ!」


 薄暗いアジトの中では男たちがゲラゲラと笑い盛り上がっていた。話題の的になっている人が元は俺の婚約者であったことなど信じられない。今となってまるで夢を見ていたような妙な気分だ。


 もっと大切にしていれば。

 変な欲を出さずに、彼女だけに誠実に向き合っていれば。


 この数年間、何十回、いや何百回そう思ったことだろう。しかし俺が願ったように時が巻き戻ることもなければ、彼女がエリオット殿下を捨てて俺の胸に飛び込んでくるなんて奇跡も起こることはなく、俺は今こうしてここにいるわけだ。


 クラリッサは王太子殿下の寵愛を一身に受け、王子たちを産み、その地位を盤石なものにしている。


「おいっ!!新入り!!何ボーッとしてやがるんだ!飯買ってきたならさっさと配れよ!」

「っ?!は、はいっ。すみませんっ…」


 我に返ると全員が俺を睨みつけていることにようやく気付いた。俺は買ってきた昼食を男たちに慌てて配る。


「分かってんだろうな?ダリオ。今夜の仕事はしくじったらただじゃおかねぇ。場末の飲み屋なんかに出入りしてはいるが、あの女実はいいとこのお嬢さんだからよ。金はいくらでも引っ張れる。上手いこと落として手篭めにするんだ。お前の売りはその顔だけなんだからよ、今のところ。ちゃんと成功させろよ」

「は、はいっ。分かりました…」


 ダリオ、というのは俺のここでの名だ。かつてはダリウス・ディンズモア公爵令息としてチヤホヤされ何不自由ない人生を謳歌していた俺だったが、何もかもを失ってこんなあくどい連中の仲間になってしまっている。


 アレイナと離婚した後、平民街で様々な仕事に手を出してはみたもののどこへ行ってもろくに仕事内容を覚えられず怒鳴られっぱなしの日々。プライドは擦り切れズタズタになり、不貞腐れてボロ酒場で一番安い酒を呷っていたところ、この詐欺グループの男の一人に「お前顔が綺麗じゃねーか。どうだ?仕事がないなら俺たちを手伝わねーか?クソ真面目に労働するよりいい給料もらえるぜ」と声をかけられたのだ。


「本当はこういう仕事やるのはサミュエルさんが一番いいんだけどよ」

「ああ。あまりにも次々に上手いこと女を騙しちまうもんだからよ、最近はサミュエルさんも騎士団の連中に随分と警戒されちまってんだ。…ですよね?サミュエルさん」


 男たちからそう声をかけられると、一番奥にふんぞり返って座ったまま酒を呷っていた美貌の男がニヤリと笑う。


「……まぁな。俺はもう充分稼いだ。そろそろ俺に代わる後継者を育てなきゃいけねぇからよ。……しっかりやれよ、ダリオ。お前に期待してるんだからよ」

「は、はい…」


 ここの連中を纏めているこのサミュエルという男は浅黒い肌をしたすこぶるいい男で、これまでに何十人もの女たちを騙しては大金を巻き上げてきたらしい。一筋縄ではいかないここの連中からも一目置かれている。




 その夜、俺はサミュエルさんたちから何度も言い聞かせられた通りに、飲み屋でターゲットの女に声をかけた。女はまんざらでもなさそうで、俺たちはあっという間にいい雰囲気になった。

 俺は調子に乗った。なるほどな。平民落ちしてからいろいろな仕事に手を出しては失敗ばかりしてきたが、俺に向いているのはこういう仕事だったわけだ。俺のような色男は苦労して庶民の労働をしなくても、こうして惚れてくる女たちから金を貢いでもらえばいい。あのサミュエルさんと同じだ。俺はこの道で生計を立てる。これでボロ借家で寝たきりになってしまっている母もようやく安心できるだろう。


「いいかダリオ。焦るんじゃねぇぞ。女の顔色をよく窺うんだ。無理して金を巻き上げようとすれば勘付かれてろくなことにならねぇ。慎重にやれよ」


 サミュエルさんのアドバイスも半分聞き流していた。大丈夫だ、これが俺の天職なんだ。見目麗しい男にのみ許された稼ぎ方だ。




 しかし俺は失敗した。




 何度か寝て親しい間柄になったと思い込んでいた俺は、ターゲットの女に金をせびった。女が渋っても、しつこく金を強請った。ある夜、待ち合わせた宿屋には女が呼んでいた騎士団の連中がいたのだ。しまった、と思い慌てて逃げ出した俺だが、あっさりと捕縛され、王宮敷地内の地下牢に拘束されてしまった。


 辛い拷問に耐えきれず、俺はすぐに仲間のアジトを吐いた。まさか俺がこんなにすぐさま捕まるとも思っていなかったであろうサミュエルさんたちは、押し入ってきた騎士団に捕縛され俺と同じ牢に投獄されてしまった。


「ダリオ……てめぇ……!よくも吐きやがったな!!」

「こんなにあっさり捕まる馬鹿がいるかよ!この能なし!!」

「サミュエルさんはこれまでただの一度も捕まったことなんかなかったんだぞ!それなのに、てめぇはぁぁ!!」

「役立たずが!くらえ!馬鹿野郎!!」


 俺は騎士団らからの拷問だけでは済まず、捕まった連中からも殴る蹴るの暴行を受けた。顔はパンパンに腫れ上がり、目も開かなくなった。体中に絶え間なく痛みが走る。


(……ああ……、この広大な敷地のどこかに、今クラリッサもいるんだろうか……)


 殴られ蹴られながら、俺はぼんやりとそんなことを思っていた。天と地ほどの差だ。向こうは最高峰に登りつめ、俺は最下層に落ちた─────






 詐欺の常習犯たちのグループにいたことで初犯であることを信じてもらえず、俺は他の連中とともに数年間投獄される羽目になった。


 いつだったか、途中で何故だかあのアレイナの妹、ミリー嬢が騎士団員たちに連行されて牢の前を通っていったことがあった。サミュエルに向かって牢屋越しに何やら怒鳴り散らかしていたが、全てがどうでもよくなっていた俺はただボーッと彼女を見ていただけだった。




 その後解放された俺の人生は悲惨なものだった。

 母はとうに死んでおり、俺は一人であてもなく貧民街を彷徨う日々。その日その日をどうにか生きていくのが精一杯の惨めな人生を送ったのだった。


 クラリッサを失ったことを、いつまでも後悔し続けながら。





 

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