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恋の魔法が解けた時 〜 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました 〜  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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66. どん底の5年間(※sideアレイナ)

 まさか…………


 まさか、こんなところで再会するなんて……


 今のこんな自分を一番見られたくない相手だった。


「……。最悪だわ……」


 見るからに高価な素材の衣装を身にまとったあの女が、まるで見せつけるかのように護衛や侍女をぞろぞろと引き連れて修道院の玄関から中に入っていった後、私は深いため息をついてがっくりと肩を落とした。


 こんなはずじゃなかったのに─────






 5年前、ディンズモア公爵亡き後ますます逼迫する状況に心がすさみ互いに罵り合うばかりになった私たち夫婦は、あっという間に全てを失った。ダリウスは無能で、家の経済状況を立て直す有効な手段は何一つ考えつくことができなかった。

 私はそのことで彼を強く責め立て、彼もまたお前に期待していたのにと私に責任転嫁して怒鳴りつけてきた。そんなことをしてもどうにもならないと以前私に言ったくせに、ダリウスは結局私たちをとうに見限っていた国内の高位貴族たちの屋敷を渡り歩き、自社の商品を買ってもらおうと売り込んでまわった。当然そんなことをしても誰も買ってなどくれない。私たちは社交界の人々からとっくに見捨てられた人間なのだから。王家を敵に回している私たちなど誰からも相手にはされなかった。

 ダリウスは父親の書斎にあった経営学に関する本を読みはじめた。だけどまるで今初めて勉強にとりかかったと言わんばかりの飲み込みの悪さで、私に子どものような馬鹿な質問ばかりしてきた。すでに彼に対して気持ちが冷め切ってうんざりしていた私は相手にもしなかったが、その後「なるほど!既存の顧客に売れなくなったのなら、新規の顧客を獲得すればいいんだ!」などと言い出し、貴重な骨董品や古美術品を有り得ないほど安い値段で平民たちに叩き売りはじめた。馬鹿なことをするなと私がなじっても、「今はとにかく少しでも売り上げを増やすしかない、金がないんだから」と言い張り、価値ある品物を次々にタダ同然の金額で捌いていったのだった。

 利益など出るわけもないのだから、当然家計はますます逼迫するばかり。

 残っていた従業員たちも逃げていき、店は全て潰れ、ついに領地を失った。


 ただの平民となった私たちの生活はますます追いつめられていった。ダリウスも私も平民に交じっての肉体労働を嫌がり、働くことを押し付け合って互いを責め立てた。

 私の両親やダリウスの母親からは金がない何も買えない、これじゃ生活できないと泣きつかれる。そのことがプレッシャーとなり夫婦の関係をますます悪化させた。


 結局私たちは、ダリウスの父親の死から2年も経たずに離婚したのだった。



「……ああ……、クラリッサ……、やはりクラリッサと結婚しておけばよかったんだ……。俺は、どうして間違ってしまったんだ……。こんな女に惑わされて……全てを失った……」

「…はぁ?まだそんなこと言ってるの?自分が悪いんでしょう?全部あんたが選んだことじゃない。惑わされて全てを失ったのはこっちの方よ!公爵家の息子なんだからもっと賢くて能力のある立派な男だと思っていたのに!あんたに全てを賭けていたのに!私の人生を返してよ!!」



 頭を抱えながら彼は最後まで私に責任をなすりつけ、私のことを恨み続けていた。真実の愛などと言って酔いしれていた二人の関係は、この上なく醜い罵り合いと憎しみの中で終わりを迎えたのだった。




 私は心身共にすっかり弱りきってしまった両親を抱えて途方に暮れた。あの男とこれ以上一緒にいたくもなかったけれど、離婚したということはこれから私が働いて家族3人の生活を支えていかなくてはいけないということだ。もう両親には今さら平民として市井で働く気力も体力もない。2人してすっかり抜け殻のようになってしまっていた。


 その後の3年間、私はあらゆる仕事をした。庶民向けのレストランの店員に始まり、肉屋や魚屋、花売り、洗濯女、…どれも全然続かなかった。これまで労働など一切したことがなかった私にとって、汚い場末の店で肉体を酷使することはとても辛かった。その上平民風情が偉そうに店主や先輩を気取って怒鳴りつけてくることも我慢ならなかったし、どこに行ってもすぐにイライラしてやってられなかった。

 いよいよ仕事が見つからなくなりついにどぶさらいをした時には涙が出た。ものの数十分で逃げ出した。


 おんぼろアパートの家賃は滞納しはじめ、両親は痩せ細り文句ばかり。


「…なぜ働かないんだ、アレイナ」

「だから!しつこいわね!私は働いてるじゃないの!!」

「すぐに辞めてしまうくせに…。まともに働いて給料を貰ってこなくては、もう明日のパンも買えないんだぞ…」


 ゲホゲホと咳をする父の言葉が途切れると、今度は母が恨み言を言いはじめる。


「……絶対に挽回すると、あれほど言っていたくせに…。わ、私の貯金まで使い果たして、私たち両親を騙してまであの男と結婚して……、それなのに、お前は一体何をしているの…?本当に、お前たち姉妹は、ろくでもない……。産むんじゃなかったわ…。こんな惨めな思いをさせられるなら……。お前たちさえいなければ、私たちは今でもフィールズ公爵夫妻として、優雅で幸せな暮らしを…」

「ああもう、うるさいわね!!働けない能無しは黙ってなさいよ!!」


 古くて暗いアパートの中では私たち親子の罵り合いが毎晩続いた。やがて両親は病気にかかり、薬を買うことも医者に診せることもできないままに二人とも続けて息を引き取った。







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