41. 父との対話(※sideミリー)
私は学園を退学することになった。
あんな醜態をさらし、学園中に、いや社交界全体にフィールズ公爵家の醜聞を広めた私を、父はもう表に出す気はないようだった。
あの日、私は無我夢中で姉に掴みかかっているところに父から強く打たれたようで、意識を飛ばしてしまった。気が付いた時にはこうして自室の中に閉じ込められていた。
その日以来私はここで日々焦りと恨みと怒りを滾らせていた。幾日経っても涙が止めどなく溢れてくる。
(……これから私はどうなるの……?もう本当に終わりなの……?ねぇ、嘘でしょう?ミリー・フィールズ公爵令嬢なのよ、私は。このティナレイン王国の中で最も気高きフィールズ公爵家の娘。知識と教養を兼ね備えた未来の王太子妃だったのよ。それが……まさかこんなことになるなんて……)
サミュエルが私を騙していた…。情けなくて惨めで認めたくもないけれど…………あんなに大好きだったのに。今でも会いたくてたまらない。私を唯一大切に愛してくれた人だと思っていた…。あんな人はこれまで周りにいなかったのよ。私に夢中になり、毎日甘い言葉と優しいキスをくれたあの人が…、……あれが全部、演技だったなんて……。
あの馬鹿な姉が、馬鹿のくせに悪知恵を働かせてこの私を陥れた……。
「…………く…………っ!…ゆるせない……絶対に許さないんだから…!!あの、馬鹿女!!」
体中に姉への憎悪の感情が渦巻いていて、今にも噴き出しそうだった。あいつ、あの女……、私を蹴落として、まさか自分がエリオット殿下の妃の座に納まろうっていうんじゃ……王太子妃になろうってんじゃないでしょうね?!そんなの絶対に許さない。もしもそんな話になるのならば、私が全力で阻止してやる!
全部バラすのよ。今度父が私に会いに来た時に。……いや、…あの場には母がいた。最初からあの女の告白を聞いていたはず。母が父に話してくれたかしら。アレイナが真の悪役だってことを。アレイナさえこんなことを仕組まなければ、私が道を踏み外すこともなかったのだと。
(お願いよお母様…。ちゃんとお父様に説明していてよ。そうすれば私は、ここから出してもらえるだろうし、殿下にも釈明の機会をもらえるかもしれない。罰せられるべきはアレイナの方なのよ。矛先をアレイナに向けてしまえば……)
今外はどうなっているのか。どんな状況になっているのか。三度の食事を運んでくる侍女に聞いても何も答えてくれない。父を呼んでほしい、話があるからと言っても、ただ申し訳なさそうな顔をして黙ってトレイを置くとそのまま出て行ってしまう。父の指示なのだろう。
私は胸を掻きむしりたいほどに焦っていた。どうしよう。もしも馬鹿姉が殿下の新しい婚約者になんかなったら。冗談じゃない。あんな知力のない女に王太子妃は務まらない。阻止しなくては。早く。早く…………!
それから数日後のことだった。
ガチャリ。
「っ!!お……お父様!!」
怖い顔をした父が私を睨みつけながら部屋の中に入ってきた。ああ、よかった……!ようやく話ができる……!!
私は瞬時に父の元に飛んでいき、急いで話をした。
「お、お父様……ようございました……!お母様から聞いてます?!姉のこと…、アレイナのことですわ!!今回の私の失態は全て、あいつが仕組んだことだったのです!あ、あいつが……あの女が、恐ろしいことに人を使って貧民街の詐欺グループと接触したらしいのです!そして手練れの詐欺師を使ってこの私を騙したのですわ!私が密会させられていたあの男は、アレイナが薄汚い手段を使って手配した男だったのよ!すっかり騙されましたわ!!お願いよお父様、アレイナに騙されないで!あ、あの女を……フィールズ公爵家から追放してください!!あいつは頭がおかしいわ!!私を蹴落として、自分が王太子妃の座に納まろうとしているの!あんな女に務まるはずがないのに!!」
「…………。私から手を離せ。そして、黙ってそこに座れ」
「……っ、」
父は軽蔑の眼差しで床を指差す。な、何よ……この私を地べたに座らせるの……?
でも下手に父を刺激したくない私は、黙って指示に従う。私が座ると、父は私を見下ろしながら静かに言った。
「……アレイナは王太子妃になどならない。なれるはずがないのだ。ジェニング侯爵家との裁判の決着がついた。…我がフィールズ公爵家はあちらに多大な慰謝料を支払う義務が決定した。貴族家から訴訟を起こされ、しかも負けて有罪となった者が王家に嫁げるはずがなかろう」
「……っ!!そっ……そうなのですね……っ!!」
やった……やったわ!!やった!!
叫びだしたいほどの歓喜が私を激しく高揚させた。ざまぁみろ、馬鹿女。あんたは王太子妃にはなれないんだってさ!ふふ……、こんな手の込んだ手段まで使って私を蹴落としたのに、残念だったわね。
ああ、今あいつの顔が見てみたい……!このことをもう知っているの?ふふふふ……知ったらどんな表情になるのかしら……。
「で、ではお父様、殿下と私の婚約は、このまま継続ということになりますわよね?」
「…………何だと?」
「だって、あの女に騙されていただけなのですもの、私は。いわば被害者です。あの女に騙されなければ、私は殿下を裏切ることなどありませんでしたわ。お願いですから、お父様…、もう一度殿下にこの事情をきちんと説明してくださいませ!」
「……お前の方こそ頭がおかしくなっているらしいな。あんなにも賢く頼もしい娘だと思っていたのに……。私たち夫婦の誇りだと。……しかし、私たちの育て方はどうやら間違っていたようだ」
「…………え?お、……おとう、さま」
父は私を嘲るような、それでいてとても悲しげな複雑な表情を見せながら静かに言った。
「お前は王太子妃になるどころか、もうこのティナレイン王国に居場所はない。お前のような恥ずかしい娘に我がフィールズ公爵家の者として外を歩かせることはできん。お前の居場所はじきに決まる。それまでこの部屋の中から一歩も外へは出るな」
「おっ…………お父様……っ!!」
父は踵を返すと私の部屋から出て行ってしまった。
私は立ち上がることもできずにただ呆然と閉まった扉を見つめ続けた。
そんな…………
え?……じゃあ、何?私はこれからどうなるの?
誰がエリオット殿下の婚約者になるというの?




