37. 吉報を待ち望む(※sideアレイナ)
「いたっ!…痛いわねぇ…!もっと丁寧に塗りなさいよ!」
「もっ!申し訳ございませんアレイナお嬢様……っ」
顔中に薬を塗りたくってくる侍女に文句を言いながらも、私の心は生まれてはじめての解放感と多幸感で満ちていた。
痛みが何よ。この傷は全部ミリーの心の傷。あいつが味わっている屈辱の痛み。
この私が、あいつに負わせた傷よ。
私は勝ったの。ついに勝った。
ついに生意気な妹を出し抜いてやったんだわ。
「ふふ……、うっふふふふふ…」
ビクッと怯えながら怪訝そうな顔をする侍女なんかどうでもいい。笑いが止まらない。ほらね、ミリー。結局は私の方が上ってことよ。姉を尊敬し立てないから、こうやって罰が当たるんだわ。可愛げのある控えめな妹なら、こんな目に遭わされることもなかったでしょうに。私を怒らせるからよ。私に本気を出させるから、こんなことになっちゃったのよ。
(ああ……!殿下はついにミリーに愛想を尽かしたはずよ……。二人の婚約はこれで終わり。いよいよだわ。いよいよ私にお声がかかる……!)
私の胸はどうしようもなく高鳴っていた。頬が緩むのを止められない。ミリーを見限った殿下は、フィールズ公爵家のもう一人の娘を所望される。
私の初恋の人。昔から大好きだった、尊いお方が私を妻にと望んでくるのよ。
(ごめんなさいね、ダリウス。あなたとは真実の愛で結ばれたけれど……王家からの要望に逆らうことはできないわ。エリオット殿下が私を望まれるのであれば、あなたとの真実の愛は叶うことはない…。仕方がないのよ。私のせいではないの)
クラリッサ・ジェニングからディンズモア公爵家の令息を奪い、そして今度は天才ともてはやされた妹を出し抜いて王太子を奪った。
望むがままに公爵令息も王太子も得た。そしてより高貴な方に嫁いでいく。
なんだ、結局私って最強なんじゃないの。
「うっふふふふ…………あはははははは!」
最高の気分だった。今なら天にまで昇っていけそう。最後に勝ったのは天与の美貌を持つピンクブロンドの女でも、天才の妹でもない。この私だった。負けてばかりの人生なんかじゃなかった!
(あとは待つだけだわ。王家からの婚約の打診を…。とにかくそれまでに、この傷だらけの顔を早く治しておかなくちゃね。殿下が見た瞬間に思わず抱きしめたくなるような可憐な私でいなくては…。王太子妃教育もすぐに始まるはずだわ。学園を卒業したらできるだけ早くに結婚したい。そのためには死に物狂いで王太子妃教育に打ち込まなくては。大丈夫よ。私だって本気を出せばミリーぐらいには勉強ができる。はず。だって同じ両親から生まれてきているんだもの)
ダリウスにはどのタイミングで伝えたらいいかしら。私たちの婚約が白紙に戻ってしまうことを。大きなショックを受けるだろうし……まぁ、王家からの通達が出てからでいいか。もしかしたらダリウスは、あのジェニング侯爵令嬢のところに戻ってしまうかもしれないわね。それはそれで腹立たしいけれど、……まぁ仕方ない。二人の真実の愛は思い出にするしかないわね。互いに想いを秘めたまま、別の相手との結婚生活を送るのよ。そういうのもロマンチックでいいんじゃない?ふふ。
私は浮かれきっていた。ずっと負けてばかりの人生だったけれど、ついに全てはひっくり返った。公爵夫人で我慢しようと思っていたのに、王太子妃の座まで上りつめることができたんだ。
あとは殿下と再会した時に、何て言えばいいかしら……。殿下は私に何て言ってくる……?
『…アレイナ……。すまない。王家の選択が間違っていた。やはり王太子妃に、僕の妻に相応しいのは君だけだ』
『殿下……。まさかこんなことになるなんて、私信じられなくて…。ですが、幸せです。私は幼い頃よりずっと、あなた様のことをお慕い申し上げておりましたの…』
『……っ!……アレイナ……!』
『私は妹とは違います。心の底から、あなた様一筋でございます。ディンズモア公爵令息との婚約が決まってからも、本当は心の中でずっとあなた様のことだけを想っておりました。私、必ず良き王太子妃になってみせますわ。努力は惜しみません』
『ああ……アレイナ…。なんて可愛い人なんだ……。君を得られるなんて、僕は果報者だよ。……おいで』
『あ……っ、殿下……っ』
「うふふふふふふふふふ……ふふふふ……っ」
ああ、笑いが止まらない。
早く来ないかしら、王家からの通達が。




