35. 怒り狂う父(※sideミリー)
パァンッ!!
父に激しく打たれた私は居間の床に転がった。頬がジンジンと熱を持って痺れている。
「…お……お前は……何てことをしでかしてくれたんだ…ミリー……!!このっ、馬鹿娘が……!!この能なし!役立たずが……!!」
「……っ、……お……おとう、さま……っ、……お、お願いですから……、ど、どうにか、して……っ」
「黙れ!!どうにもなるはずがなかろう!!貴様……よりにもよって、人目も憚らず公園の隅で、へ、平民の男と乳繰り合っていたなどと……!!仮にもあの王太子殿下の婚約者という身でありながら……!この恥さらしが!フィールズ公爵家始まって以来の大恥さらしめが!!」
パァンッ!!……パァンッ!!
父は私の唇がきれ、鼻血を出しても私を打つことを止めない。こんな父は初めてだ。気が狂ったように髪を振り乱して私を打ち続けている。
それでも私は必死で懇願した。もう父しか頼れる人はいない。父がどうにかして殿下に取り入り、殿下の怒りを解いてくれなければ……
私は本当に、このまま王太子殿下の婚約者の座を失ってしまう……!!
「わ、私は、騙されたんです……っ、あ、あの男に……っ!私の、意志じゃないと……っ、私は被害者だと……、ど、どうか、お父様の口から、でんかに……っ」
「貴様頭がおかしくなったのか?!あれだけの記録を残され、しかも殿下はご自身の目でお前の痴態を見られたのだぞ!そしてお前が真実の愛がどうのと男に語っているのも聞かれたのだ!!何が騙されただ!騙されたのは殿下と、王家と……我々家族だ!!」
「ぐ……っ」
胸ぐらを掴まれ、足が宙に浮く。目の前には額に汗を浮かべ目を充血させた恐ろしい父の顔があった。
「……今すぐお前を殺してやりたいほどだ……!この話はどうせすぐに社交界に広まるだろう…。お前の不貞行為によって、しかも平民の男相手の不貞行為によって……、我がフィールズ公爵家は王家から見放されたとな!!いいかミリー!貴様は一生涯死に物狂いで働くんだ!王家に支払う慰謝料がどれほどの額になるか想像がつくか?!お前が身を粉にして働いて返せ!!」
「………………っ!!」
今度は壁にドンッと強く突きとばされ、後頭部をしたたかに打ちつけた。目が回り、吐き気がする。ヨロヨロと顔を上げると、居間の隅で顔を覆って泣いている母の姿があった。
「……い、いや、です……!わ、私は……絶対に王太子妃に、なるのよ……!そのためだけに、生きてきた、のに……っ!」
「では何故平民の男などと不埒な関係を持ったのだ!!この淫売めが!!」
ガラガラにしゃがれた声でそう怒鳴ると、父は私のことを蹴り上げた。
「ぐ……っ、ち、ちがいます……っ!私は何もしていない……!私は、まだ、清廉なる乙女のままです……っ!か、体は許していないわ……!」
「殿下がお前の言葉など信じると思うか!!もう誰も……お前のことなど信用するものか!!」
父は最後にもう一度私の胸を蹴飛ばすと、そのまま居間を出て行った。母はただ座り込んで泣き続けている。
「もう……もうお終いだわ……。ああ、どうして……。ひどい……ひどすぎるわミリー……」
「………………っ、」
覆った顔の隙間から呪詛のようにくぐもった母の声が聞こえる。その呻くような泣き声を聞きながら、私は呆然とサミュエルのことを考えていた。
あの時、私を突きとばし逃げ出したサミュエルの動きは異様なまでに素早かった。
(……どうして……?サミュエル…。地の果てまでも私を連れ去っていきたいと、四六時中そばから離れたくないとまで言っていたあなたが……)
ああ、私はこの期に及んで一体何を考えているのかしら。今はそれどころじゃない。サミュエルのことは後回しよ。今はとにかく、殿下のご機嫌をとってどうにか婚約破棄だけは回避する手立てを考えなければ……。このままでは私は……。
「ふふ…………あっははははは!」
「っ?!」
突然けたたましい笑い声が響き渡る。驚いた私が振り返ると、居間の入り口に腕組みをした不出来な姉が立っていた。
何がそんなにおかしいのかさっぱり分からない。
「…………何よ、お姉様。出て行ってくれる?今あなたに構っている暇はないのよ」
鼻血を手で拭いながら不愉快を露わにして私が睨みつけると、姉はますます楽しそうにクックッと笑いながら言った。
「あぁら?そう?そんなにお忙しいの?もしかして緊急事態でも起こったのかしら?たとえば……、ふふ…、あなたとワイルドな美形のパン職人の“真実の愛”が、誰かの密告によってエリオット殿下にバレちゃったとかぁ?あっははははははは!」
……………………は?




