34. 下手な言い訳(※sideミリー)
「……さて、ミリーよ。お前の家への沙汰は追って知らせる。……行くぞ」
「はっ」
「……っ?!でっ……、殿下……っ!殿下ぁっ……!!」
淡々とした一言を残して、エリオット殿下はこの場を立ち去ろうとした。私は我に返り、慌てて殿下の足元に縋りつく。待って。お願い。行かないで。
ダラダラと体中から滝のような汗を流しながら、私は自分の心に鞭打ち必死で言い訳を考えた。どうしよう。どうしよう……!!このままじゃ……このままじゃ殿下と私との婚約がなくなってしまう……!
これまでの全てが水の泡に……
王太子妃になれなくなってしまう……!!
「でっ、殿下ぁ……っ!あぁぁぁ…っ!!お、お願いです……どうか……どうか話を聞いてくださいませぇ……っ!!」
「殿下から手を離せ、フィールズ公爵令嬢よ」
いつも殿下のそばにいる側近の男が殿下の足をガッチリと握る私の手を乱暴に払おうとした。この男、あのあざといピンクブロンド女の兄だったわね……!などと一瞬頭をよぎったが、今はどうでもいい。それどころじゃない。
足も制服も泥だらけになることも厭わずに、私は意地でも殿下から手を離さずズリズリとそばに這い寄っていく。
「でっ、殿下……っ!誤解なさらないで、お願いですからぁっ!!わ、私は、……私が愛しているのは、この世であなた様ただ一人……ただ一人でございます……っ!!」
「……見苦しいぞ、ミリー。離れてくれ」
「いやっ!嫌ぁぁっ!!聞いて…………聞いてくださいっ!!あ、あの男に……、……そう…、お、脅されていたんです!私!!あの平民の男から…」
「何と?」
「…へっ?」
「何と言って脅されていたんだ」
殿下の私を見下ろすその瞳は憎悪と軽蔑に満ちていて、私は殿下の足にしがみつく自分の指先が一気に冷たくなっていくのを感じた。無理矢理唾を飲み込んで無我夢中で考えながら話す。だけど混乱と恐怖で頭が全然回らない。
「……ぉ……、俺と、み、密会を続けないと……全部、殿下に話す、って……。その……えっと……」
「何を」
「……わ、わかりません……。その、自分とこういうことをしている、ことを、……ぜん、ぶ…」
「ではその始まりはどこからだ?ミリー。二人で会うことになった最初のきっかけは何なんだ」
「……。…………な、何か、その、……き、急に、つきまとって来たんです……そう……、わ、私が街へ買い物に出た日に、声をかけられました…。綺麗だ、って…、可愛い可愛いって、つ、次の日も、私の屋敷の前まで、来て…」
「……。それで、ご両親に何と相談したんだ?護衛は何をしていた?」
「…………っ、そ…」
「つきまとって来ていたのならその場ですぐにご両親に話し、護衛に捕らえさせ騎士団に明け渡す。それだけで済む話じゃないのか。なぜお前は何度も何度もこんな場所で喜々として密会を繰り返し愛を語り合っていたのだ」
「っ?!なっ?!何度も何度もじゃありません!!殿下!!本当です!!は、はじ……、……に、2度目です!どうしていいか分からず、こっ、断りきれず……、わ、私……怖くって……うぅぅぅぅっ……」
私が殿下の足をしっかりと握りしめたまま下を向いて涙をポロポロ零してみせると、殿下はしばらく黙っていた。今きっと私の姿を見ている。可哀相に怯えて泣き崩れる私の姿を。お願い。お願いします。どうか許すと言って……。私に同情して……!!
「……そうか……。断りきれず、2度目か」
「は、はい……っ!はい……っ!な、何だか怖くて、両親に相談することもできず……っ」
「だが僕の元に届いたこの報告書によると、どうやらお前が喜んで男の愛を受けていたのは、もう数十回目のようだが?」
(……………………え?)
……ほ……報告書…………?
って、何…………?
パラリ。
殿下の側近の男が私の目の前に1枚の紙切れを差し出した。そこに記された記録を見て、全身の血の気が引いていった。ぐらり、と頭が大きく揺れた。
(……だ、……誰が、こんな真似を……)
その紙には、私とサミュエルの最初の密会からこれまでの全てが実に細かく記されていた。
…〇月〇日、14時38分会う。しばらく二人で語り合い、手を握りあう。女に抵抗の様子なし。……〇月〇日、15時6分会う。会った瞬間抱き合う二人。口づけを交わすこと8回。……〇月〇日……女が男にしなだれかかる……口づけを受ける……16時20分別れる…………〇月〇日…………
「…………はぁ……はぁ、はぁ……、……こっ!!こんなの、全部デタラメです!だっ!誰がこんな……、侮辱罪だわ!!許せない……!殿下、どうか私を、この私を信じてください……!あ、あなた様のことだけを考えて、これまで必死に努力してきたこの私を……!!」
「離せ」
「…………で……」
「ミリー、残念ながら僕は今日この目で全てを見、そしてこの耳で全てを聞いたよ。随分とあの男に夢中になっていた君は全く気付いていなかったがね。…非常に残念だが、これまでだ。それと、君は僕のことを考えて努力してきたわけではない。君はただ王太子妃になりたかったんだ。自分の名誉のためにね。…知っているよ」
それだけ言うと殿下は私から目を逸らし、歩きはじめた。側近の男が今度こそ私の腕を強く掴んで殿下から引き剥がした。
「あぁ……っ!」
私はその場に崩れ落ちたまま、立ち上がることができなかった。自分の荒い呼吸の音と激しい鼓動だけが聞こえてくる。
嘘だ。嘘だ。
こんなの、嘘よ………………。
頭を抱えて呻く私は、この時考えが及ばなかった。
サミュエルのことに。
なぜあれほど私と愛を語り合ったサミュエルが、あんなにも素早くあの場から逃げ出したのかということに。




