33. 崩壊(※sideミリー)
案外バレないものだ。
学園帰りの公園の隅。人目につかない場所で秘かに繰り返されるサミュエルとの逢瀬は、もう何度も何度も続いていた。
最初は怯える気持ちの方が強かった。こんなこと誰かにバレたら一巻の終わりだと。全てを失ってしまうと。
だけど、ここは案外穴場だったんだわ。わざわざ学園の帰りに馬車から降りてこんなところに立ち寄る人なんて一人もいない。私とサミュエルとの真実の愛は誰にも知られないままだった。
そして今日も、サミュエルは私をこの上なく愛おしげに腕の中に抱きしめ、私の髪をゆっくりと撫でている。
「……そんなに私のことが好き?」
「……もちろん。こうしてずっと君のことだけを見つめていたい」
「ふふ…」
「君を誰にも渡したくない。たとえ王族にでも。こうして君と二人、何者にも邪魔されずに生きていけたなら…。こんなことを願ってしまうのも、真実の愛、だからだろう?」
「…ええ。私も同じ気持ちだもの。王太子妃になるのは、避けることのできない私の宿命。だけど……あなたと離れることなんて、想像もできない。王太子妃になった後も、あなたが秘かにこうしてそばにいてくれたら…」
「ミリー…。…ああ。俺もそう願うよ。君が結婚してしまった後も、君のそばにいたい」
「っ!…ほ、本当?あなたも、そう思ってくれているの…?」
「ああ、もちろん。君が王族になっても、俺とも会って欲しいと思っているよ。だって、離れることなんて絶対に考えられない。…そうだろう?」
彼のその言葉に胸が激しく高鳴る。なんだ、よかったわ。サミュエルは一生日陰の身でもいいんだ。私のそばにいられるのなら、一生愛人のままでいいんだわ。そりゃそうよね、だってこの人も私のことを死ぬほど愛してくれているんだもの。
それなら……!
「ええ、ええ…!そうよサミュエル……!考えましょう。私が学園を卒業して王太子妃となった後でも、二人で定期的に密会する方法を。私がうまいことやってみせるわ。殿下と結婚した後でも、あなたとの関係を続ける方法を見つけて…」
「ミリー…、嬉しいよ。君も俺と同じように、心底俺を愛してくれているんだよね?」
「当たり前でしょう、サミュエル…。あなたのような男性は、他にはいないわ。あなたは私にとって、ううん、きっと他の大勢の女たちにとっても、この世で最も魅力的な男性だわ。…誰にもあなたを渡したくない……」
「ミリー……!俺だってそうだよ。君は王太子殿下ではなく、この俺を、俺だけを、愛してくれているんだよね?信じていいんだね?ミリー」
「当たり前じゃない!サミュエル…。不安にならないで。たとえ王太子妃になっても、殿下の子どもを産んでゆくゆくは王妃になったとしても、私のこの心はあなただけのものよ……!」
「ああ……、ああ……俺のミリー……!」
「……っ!」
私の言葉を聞いたサミュエルは、その激しく燃えたぎる熱い想いの全てを私にぶつけるかのように私をきつく抱きしめ、唇を押し当ててきた。私も燃え上がる想いそのままに、彼の首筋にしがみつきその口づけに必死で答える。
私は夢中になっていた。直前に交わした会話は私たちのこの燃え上がる真実の愛を確かめあうもので、その歓びに私の胸は打ち震えていた。
地位も名誉も愛も、この世の全てを手に入れたような陶酔感の中、野性的でたくましい美丈夫の官能的な口づけを愉しんでいる私の耳に、突如有り得ない音が飛び込んできた。
「ほお、そうか。お前はそんなにもこの男を愛しているのか、ミリーよ」
(……………………え?)
「この国の王太子であるこの僕を、こんなにも大胆に裏切るほどにな」
(…………………………え?……え?)
私はピタリと固まると、サミュエルから離れ、おそるおそる頭をゆっくりと後ろに回した。
「──────ひっ……!!」
…………幻覚?
お願い。幻覚であって。
そこには、真っ黒で地味な外套に身を包み氷のように感情のない表情をしたエリオット殿下が立っていた。同じく地味な装いの数人の護衛や側近たちの姿がその真後ろにずらりと並び、皆一様に無表情で私を見ている。
「…………ぁ…………あ、ぁ……」
状況を認識した瞬間、私の全身から冷や汗がドッと溢れた。
その時だった。
ドンッ!!
「っ?!きゃ…………っ」
両肩に強い衝撃が走り、私は地面の草むらにどさっと倒れ込んだ。
(……え?)
振り向いて顔を上げると、なんとサミュエルが一目散に走って逃げていくのが見えた。こんな一瞬のような短い間に、随分と遠くまで駆け抜けている。
「逃がすな!!追え!!追えーーっ!!」
誰かの大きな声と同時に、殿下の後ろにいた男のうちの二人が脱兎の勢いで駆け出し、サミュエルの後を追う。
私はその状態で腰を抜かしたまま、ただ呆然とその後ろ姿を見送っていた。




