31. 恋の魔法は解けはじめた
『 親愛なるジェニング侯爵令嬢
先日の茶会では君の元気そうな姿が見られて安心した。贈った本も、楽しんでくれているようで嬉しい。
僕も忙しい日々の合間に、君からの近況報告の手紙をとても楽しみにしているよ。
君が毎日笑って過ごせることを心から祈っている。また学園での話を聞かせて欲しい。
エリオット 』
『 親愛なるエリオット殿下
ごきげんいかがですか?こちらこそ、先日はお顔を拝見することができてとても嬉しかったです。
学園生活は順調です。先日また全科目の試験がありましたが、学年でトップの成績を収めることができ、両親が喜んでおりました。
殿下からいただいた本のおかげでセレナス語の勉強がはかどりました。もうほとんど読めるようになりましたのよ。新しいことを学ぶのって本当に楽しいです。夢中になっていれば嫌なこともすっかり忘れてしまいますわ。
新しい楽しみをくださった殿下に、心から感謝いたします。
またお目にかかれる日を楽しみにしております。いつもお心遣いありがとうございます。
クラリッサ・ジェニング 』
『 親愛なるジェニング侯爵令嬢
手紙をありがとう。君の学園生活が順調そうでよかった。相変わらず優秀だね。
だけど、嫌なこともすっかり忘れてしまう、という言葉がどうも気にかかって仕方ない。まだ何か辛い思いをしているのだろうか。僕でよければ、いつでも話して欲しい。こうした手紙のやり取りでしか会話もなかなかできないけれど、書くだけでも気持ちが楽になるかもしれない。僕はいつでも君の話を聞くよ。
今日はまた本を数冊贈らせてもらう。これはほんのちょっとした贈り物だ。何も気にしないでおくれ。
君の心の慰めになるといいのだけれど。
エリオット 』
「…気を遣わせてしまったわ…。どうしましょう」
エリオット殿下からのお手紙とともに、今日はまた数冊の小説が届いていたのだ。どれも国外の作家の新作だった。こちらではなかなかすぐには手に入らない本ばかりで、それはとても嬉しいのだけれど…。
(そうね、たしかに書いちゃった。嫌なことも忘れてしまいます、なんて…。何となく、あの時のことを思い出してしまっただけだったんだけど…)
ダリウス様から声をかけられ、複雑な感情でドキドキしながら話を聞いてみると、アレイナ様の愚痴に始まり、また私と良好な関係を築きたい、そして提出物を代わりに書いてほしいという内容だった。
その時は混乱し、ダリウス様から婚約関係の再構築を願い出られているのだとばかり思っていたけれど…、向こうはただ単に私の知識を利用したいだけだったのだ。
(あの時のがっかりした気持ちや、自分の惨めさをどうも引きずってしまって…)
がっかりしたと言っても、別にダリウス様が私とまた婚約したがっているわけではないと知ってがっかりした、というわけじゃない。
むしろ、ああ、この人って本当に私のことを何とも思っていないんだな、私を傷付けることになるかもしれないとか、そんなこと考えもしない人なんだなって、そう失望したというだけの話だった。
「…………。」
手元にあるエリオット殿下からの手紙を、改めて見る。そこにある短い文章の中には、私を心配するたくさんの言葉が溢れていた。
「……こんなに、違うものなのね……」
赤の他人の私のために、必死ささえ感じられるほどの真剣さで気遣ってくださる殿下。
子どもの頃からの婚約者である私のことを簡単に捨て、私が辛い境遇にあっても無視し続けて、挙げ句の果てには自分の都合の良い時だけ声をかけて利用してくるダリウス様。
ダリウス様からこんな風に心配されたり気遣われたことなんて、子どもの頃からのただの一度もなかった。
殿下との文通を繰り返すほどに、私は自分のダリウス様への気持ちがすうっと冷めていくような感覚を覚えていた。
ずっと彼一筋だった。彼のために良き妻になるんだ、彼の苦手なことは全て私が助け、支えていくんだと頑張ってきた。
アレイナ様との間に真実の愛を見つけたのだと言って捨てられた時は、私の努力がまだまだ足りなかったんだと自分を責め続けた。離れてからもずっと、大好きで大好きで、苦しかった。
……だけど……。
「…世の中には、こんなに素敵な男性もいるというのに」
エリオット殿下からの手紙を手にしたまま、私はぼんやりと思った。
(どうして私、あんな人のことをあんなにもずっと好きだったのかしら)




