3. 修羅場
「………………え……?」
予想もしていなかったダリウス様の言葉に、私の頭は真っ白になった。
……え?……何?婚約を、破棄……?
アレイナ……フィールズ公爵、令嬢……?
「……ど……、どういう、こと、ですか……?ダリウス様…」
「……。どういうことも何も。そのままの意味だ」
ダリウス様は悪びれる様子もなく腕や足を組んでソファーの背もたれに体を預けている。
「……ア……アレイナ、様…。…なぜですか?そんなこと、突然…。……まさか……」
「……。」
「……う……浮気……、浮気を、していたんですか……?」
無意識のうちに、私の口からそんな言葉が零れた。
そして私のその言葉を聞いたダリウス様は、たしかに浮気をした。だが別にそれを悪いことだとは思わない。だってお前はアレイナのことを虐めていただろう、などと信じがたい言葉の数々を私に投げつけてきたのだ。そしてあっさりと帰っていってしまった。
ダリウス様が帰った後、私はただただ泣き崩れた。なぜこんなことになってしまったの。この私が、フィールズ公爵令嬢のアレイナ様を虐めたりするはずがない。それなのに……。真実の愛?では、私とのこれまでの日々は、一体何だったと言うのですか……?
その後はひどい修羅場が待っていた。
私の両親はダリウス様に激怒し、私が呆然としている間に何日もバタバタと動き回っていた。
そしてしばらくして、ディンズモア公爵夫妻とダリウス様、そしてフィールズ公爵夫妻とアレイナ様が我が家に一堂に会した。部屋から一歩も出たくはなかったけれど、私も無理矢理この話し合いの場に駆り出された。
「……このままでは納得がいかん。うちの娘はアレイナ嬢を虐めたことなど一度もないと言っている。何か証拠があっての暴言か」
父が言えば、すかさずダリウス様が反論する。
「証拠も何も、辛い目にあった本人がそう言っているのです。アレイナはわざわざ証拠など残してはおりませんよ。そんな狡猾なタイプではないのですから。ただ人目のないところでいつもクラリッサに意地の悪いひどいことを言われ続け、それに黙って耐えていただけのことです。そしてついに限界が来て…」
「…ごめんなさい。私が、ダリウス様に相談したりしてしまったから、…こんなことに、なってしまって……う゛ぅっ……」
「ああ、アレイナ……。君って人は、本当に……」
ダリウス様は切なげな表情で、顔を覆って肩を震わせながら泣き出したアレイナ様のそばに歩み寄ると、その肩をそっと抱き寄せた。
「…………っ、」
胸がズキンと痛む。ダリウス様は本当に、アレイナ様のことを愛しているんだ……。
私は、二人の真実の愛の邪魔者なんだわ……。
さらに何か言いかけた父の言葉より先に、フィールズ公爵が言った。
「うちとしても、ダリウス殿と娘との結婚など受け入れるわけにはいかない。アレイナ、お前は我がフィールズ公爵家の長女だぞ。妹のミリーはすでにエリオット王太子殿下と婚約しておる。婿を取り、このフィールズ公爵家を継いでもらわねばならんのだ。このティナレイン王国で最も古い歴史を持つ由緒正しいフィールズ公爵家をな。……そもそも、姉のお前を差し置いてミリーが殿下の婚約者に選ばれたのは、ミリーの方がお前より…」
「やめてよ!!ミリーの話はしないで!!」
アレイナ様がフィールズ公爵の言葉を遮り、突然金切り声を上げた。その目は恐ろしいほどにつり上がり、たった今まで肩を震わせて泣いていたか弱いアレイナ様とは別人のようだった。
「…ダリウス殿はディンズモア公爵家の嫡男だろう?!お前と結婚させるわけにはいかない!うちにはお前とミリーしか子がいないんだぞ!」
「だったら!叔父様のところから一人養子にもらえばいいじゃないの!あちらには何人も男児がいるのだから!私は絶対にダリウス様と結婚するわ!これは運命なの!真実の愛なのよ!!邪魔しないで!!」
「……っ、」
その剣幕と恐ろしい形相に、誰もが一瞬息を呑んだ。当のダリウス様でさえ驚いた表情でアレイナ様のことを見つめている。
最初に気を取り直したのはフィールズ公爵夫人だった。
「……アレイナ、ではあなたの婚約者の方はどうするつもりなの。ベイル伯爵令息は。あちらにはどう説明するつもり?」
夫人の言葉をアレイナ様はハンッ、と鼻で笑った。
「だから!何度も言ったはずよ!あちらは伯爵家でしょう?!ダリウス様は公爵家の嫡男なのよ?!うちにとってどちらがいい条件の結婚かは一目瞭然じゃないの!……っ!あ、い、いえ、ダリウス様、違うのよ。私はそんなことどうでもいいの。ただ、あなただから……優しいあなただから、好きになった……それだけ……。だけど、ごめんなさい、……両親を説得したくて、つい…」
一瞬ギョッとした顔をしていたダリウス様だが、自分へ向けるアレイナ様のか弱げな表情と涙を見て、ホッとしたようだった。そしてアレイナ様を庇うように再び肩を支えると、これがこの会議の総括であるとでも言わんばかりに堂々と宣言した。
「各々の家に意見があり、言いたいこともあるでしょう。しかし、僕たち二人はこの真実の愛を最後まで貫くつもりです。互いに固く結ばれたこの心は、もう生涯離れることはありません。…どうか、分かっていただきたい」
あまりに理不尽な、かつ堂々とした態度に、誰もが開いた口が塞がらなかった。
もちろんこのままお開きになどできるわけもなく、互いを罵りあったり自分の意志を叫んだりと、この修羅場は深夜まで続いたのだった。




