29. お茶会での再会
それからしばらく経ったある日、私と母は王妃陛下主催のお茶会に招かれた。
王宮の中庭には高位貴族のご婦人やご令嬢方がすでに何人も集まっており、その中にはあのフィールズ公爵家の面々もあった。
私と母がやって来ると、アレイナ様はチラリとこちらを見てからフイと目を逸らした。
ミリー嬢はギロッと鋭い視線で私を睨みつけた後、姉上と同様に目を逸らす。
フィールズ公爵夫人に至っては、私たちと目を合わせもしなかった。
「皆さん、今日はお集まりいただいてどうもありがとう。先日の夜会もとても素敵なものになりましたわね」
王妃陛下が楽しげにそう話し出すと、そばに座っていたご婦人方が口々に、ええ、そうですわね、と相槌を打つ。私も母の隣でにこやかな表情を作った。
それからはいつものお茶会の光景が繰り広げられた。どこどこの新商品のお化粧品、もうお使いになった?とか、最近はどこどこ商会の出した商品の方が良いようだ、だの、何々家は近頃は景気が良くないようだ、だの……。
流行りの物や他家の商売の状況、あそこのお嬢さんはどうやらあそこのご子息と婚約しそうだだの、何かと尽きない話題で盛り上がっていた時だった。
「やあ、これは皆さん。こんにちは。楽しそうで何よりです」
(っ!……エリオット殿下……)
女ばかりの茶会の席に、ふいに現れたエリオット殿下がご挨拶なさったのだ。皆口々にまぁ、殿下、ごきげんよう、と挨拶を返す。
「殿下!来てくださったのですね。ふふふっ」
ミリー嬢は立ち上がると素早く殿下のそばに行き、ピトリとくっつく。
「君も楽しんでいるかい?ミリー」
「ええ。久しぶりのお茶会ですもの。いつも勉強勉強で息つく暇もありませんから、たまには女性同士でお喋りするのもいい気分転換になりますわ」
殿下とミリー嬢の会話を聞いていた王妃陛下が口を挟んだ。
「ふふ。頼もしいわ、ミリーさん。相変わらず成績は申し分ないのでしょう」
「それはもう王妃陛下、うちの娘もミリー嬢とは同じ学年ですが、抜きん出ていて尊敬の的だと皆言っているそうですわ」
「まぁ、さすがはエリオット殿下のご婚約者であらせられること」
「素晴らしく知的なお妃になられるでしょうね。ご安心ですわね、王妃陛下」
皆がほほほと微笑みながら王妃陛下にそう相槌を打つ。ミリー嬢は得意気な顔だ。
「まぁ、それほどでも…。うふふ。王太子妃になる人間として当然のふるまいを常日頃から心がけているだけですわ。エリオット殿下に恥をかかせたり、足を引っ張るような真似はできませんもの。…ね?殿下」
「…はは。頼りにしているよ、ミリー」
「まぁっ、素敵ですこと!」
「本当にエリオット殿下とミリー嬢はお似合いですわぁ!良いご夫婦となられますわね」
場はすっかりエリオット殿下とミリー嬢が話題の中心となった。ミリー嬢はこの上なく嬉しそうな顔で、殿下に寄り添いしなだれかかる勢いだ。
(……幸せそうだな)
なぜだか、ほんの少し胸がツキリと痛んだ気がした。……自分は婚約破棄された上に、惨めなことに都合良く利用されたものだから、幸せそうな彼女に嫉妬してしまっているのかしら。
(いけないわ、こんなことでは…。人の幸せも喜べないほど心が荒んでしまっているのかしら、私…)
そう思い少し落ち込んだ私は、二人から目を逸らして目の前の紅茶を飲んだ。
その時。
(…………?…アレイナ様…?)
長テーブルの差し向かい辺りに座っているアレイナ様が、口元を押さえて笑みを堪えるような表情をしていることに気が付いた。
どうしたのだろうか。そう言えば、なんだか今日はすごく物静かだ。アレイナ様の声を全然聞いていない気がする。
先ほどから、皆の視線は一斉に殿下とミリー嬢の方に向けられている。皆が口々に殿下やミリー嬢を褒めそやし、そちらに注目している。
その会話の輪の中には入らず、ただ一人俯きながら笑みを堪えているアレイナ様の様子が、私はなぜだか気にかかった。
そのうち話題は王妃陛下がつけているブレスレットに移った。
「王妃陛下のそのブレスレット、とても素敵なデザインですわね。そういうの初めて見ましたわ」
「本当に。ダイヤモンドですの?とてもお似合いでございますわ」
「あら、ありがとう。そうなの、これね、先日隣国から来た商人がね…」
女性たちが一斉に王妃陛下に注目した瞬間に、エリオット殿下がその輪の中からスルッと抜け出るようにして静かに私の元へやって来た。
「……やぁ。ここに来れば会えるかと思って。…元気にしているようだね」
「エリオット殿下、ありがとうございます。…ええ、つつがなく過ごしております。……あの、」
「ん?」
「……いつも、ありがとうございます。その…」
優しいお手紙を、とお礼を言いたかったのだけれど、誰かに聞かれたら困る。変な誤解をされたくない。本当はたくさんいただいたあの本のお礼も今直接言いたいのだけれど…。
でも私の気持ちを察してくださったのか、殿下はふふ、と小さく笑って言った。
「うん、分かってる。僕の方こそ…。楽しいよ、とても」
小声でそう言ってくださって、殿下も私との文通を楽しんでくださっていることが分かり嬉しくなった。
その時。
(…………っ!!)
アレイナ様がテーブルの前に座ったまま、じっとこちらを見ているのに気が付いた。その視線はまるで氷のように冷たく、その表情は憎悪に満ちていた。
「……っ、…で、では、殿下。その…これで…」
「……、ああ。……また、待っているよ、クラリッサ嬢」
気まずそうにする私のことを察してくれた殿下は小さくそう言うと、スッと私の前から離れていった。最後の言葉はきっと、また私が手紙の返事を出すのを待ってくださっているということだろう。
王妃陛下の周りに集まっているご婦人方に挨拶をした殿下はそのまま中庭を後にしようとして、ミリー嬢に捕まっている。
その様子を遠目に見ながら、私は静かに息をついた。




