28. 利用されたんだ
「……いやぁ……何て言うか……。お前の存在のありがたみが、最近すごく身にしみるんだよ。…いつも俺のために、頑張ってくれていたなぁって、さ。……こう言っては何だが、アレイナは、自分のことばかりなんだ。お前のように俺をサポートしたりフォローしたりしてくれることはない。いつも自分中心で、正直、…時々疲れてしまうんだ」
「……。………………はぁ」
(……え?何?これ。……まさか、恋愛相談……じゃないわよね?)
嫌な予感に胸がざわつきはじめる。まさかね。まさか私を呼び出して、アレイナ様の愚痴を零したかったわけではない、わよね。新しい恋人の愚痴を、あっさり捨てた私に…。いくら何でも、そこまで非常識なことは……。
「…その点、お前はどこまでも俺に優しかったよな。いつも一番に俺のことを考えてくれていた。…宿題やいろいろな勉強もさ、さっさと自分の分を済ませては苦手な俺の分までやってくれて…。お前の存在に、俺がどれほど救われていたか……。失って初めてその大切さに気付く、とは、こういうことなんだな…」
「……っ!」
切なげにそう言うと、ダリウス様は私の顔をジッと見つめる。その悲しげな表情は、なぜだか私の心を乱した。
(……ダリウス様が……、私のことを、そんな風に言ってくださるなんて……)
失って初めて、大切さに気付く、なんて。
今のダリウス様は、私を大切な存在だったと、そう思ってくださっているのだろうか。
あんな風にあっさりと捨てたのに、それは間違いだったと思ってくれている……?
ダリウス様の真剣な瞳に、まるでこれまでの自分の努力が初めて報われたかのようなわずかな感動を覚えた。ずっと私の努力が足りなかったのがいけないんだと思っていたから……。もしダリウス様が認めてくれるのなら、私…………
「……なぁ、クラリッサ……」
「は、……はい」
改まったダリウス様の声色にドキドキする。一体、何を仰るつもりなのだろうか。
「……俺を、……助けてくれないか?また以前のように」
「……?……それは、どういう…」
「今週末にさ、なんかまた、ほら、提出しなきゃいけないだろ?ラィーア語とリンウェール語で一つずつ…。作文みたいなやつだよ。あれが俺全然出来てなくてさ。代わりに書いてくれないか?俺の分も」
「…………え、」
………………え?
「お前がこれまで俺のために頑張ってきてくれた、その知識で、また俺を助けてくれよ。…俺はさ、こうなった今でも、いや、今だからこそ、お前のことを失いたくないと強く思っているんだよ。お前とはずっと、いい関係のままでいたいんだ」
「………………。……え……」
私は激しく混乱した。ダリウス様の言っていることが、うまく頭に入ってこない。
助けてくれよ……。失いたくないと……。
……いい関係のままで…………?
(……何?つまり、どういうこと?婚約者でいた時のように、私がダリウス様のサポートをすることを、ダリウス様が望んでいる……?それって、……私たちの関係が、今のこの状況から、以前の婚約者の頃に、戻るってこと?ダリウス様はそれを言っているの……?)
「ダ、ダリウス様…」
「クラリッサ…、頼むよ。俺にはお前が必要なんだ。またいい関係に戻ろう。……な?」
「…で、ですから、それって、アレイナ様とはもう…」
「こんな状態、そもそもおかしいんだよ。俺とお前が憎み合う必要がどこにある?ただ少し、本来進むべき道から逸れてしまっただけなんだ。…クラリッサ、俺の気持ちを受け入れておくれ」
「……っ!」
ダリウス様ははっきりとした言葉を使わないけれど、私の手を握って真剣な面持ちで言った。心臓が激しく鼓動を刻む。
自分の気持ちが、分からない。どういう気持ちになるのが正解なのかも、分からないけれど、……少なくとも両親は、私とダリウス様がまた元の婚約者同士に戻れば、喜ぶのだろうか……。
「……まぁ、今すぐ結論を出してくれなくてもいい。…でもさ、今回の提出物、頼むよ。今までお前に頼りっきりだったからさ、今さら全部自分でやれと言われてもなぁ……困り果ててるんだよ。お前にしか頼めない。な?」
「…………は、……はい…」
「っ!よかった!さすがは俺のクラリッサだ。ありがとう。…やっぱりお前は唯一無二の存在だよ」
「……っ、」
ダリウス様は優しい顔をして私の頭をそっと撫でた。
(……今さら……どうして急に、こんなことに……?そもそも、アレイナ様のことはどうするつもりなのだろう……。私とまた婚約したいと、うちの両親に話すつもりなのかしら…。だとしたら、父はどう考えるだろうか。丸く納まってホッとする……?それとも、やっぱり激昂する……?)
そもそも私は……ダリウス様との関係の再構築を望んでいるの……?
最近はようやく、あの二人の、ダリウス様とアレイナ様の仲睦まじい姿を目にしても、前ほど動揺しなくなってきていた。
二人の姿が目につけば、意識的に屋敷に戻った後に楽しむ趣味のことを考えたり、殿下のお手紙に今度は何てお返事を書いたらいいかしら、などと考えて気を逸らしていたから。
ようやく少しずつ、前に進んで行けそうだと思っていたところだったのに……。
(……それに、もしもまた元に戻れたとして、また同じことが繰り返されないという保証はない。ダリウス様はまた、他の女性に心を移してしまうかもしれないもの…)
私はまた以前のように、あの人のことをひたむきに愛せるの……?
数日間、私は真剣に悩んだ。悩みながらも、またダリウス様の分の提出物を仕上げた。自分の分はほぼ終わっていたから、そこはそんなに大変ではなかったのだけれど。
そしてその後、出来上がった提出物を同じように放課後の空き教室でダリウス様に手渡した時、私は自分の愚かさに呆れてしまったのだった。
「おお!よかった!完璧じゃないかクラリッサ!いやぁさすがは俺の元婚約者!」
「……え」
「いやぁ、アレイナはこういった分野じゃまるっきり役に立ってくれないからさぁ。これからどうしようかと思っていたんだよ。だけどさ、これからまたお前とこうして良き友人関係を築いていけるなら、もうそんな心配は無用だな。お前は本当に頼りになるから。ま、家同士の確執はそう簡単に解決しないけど、それはそれ、これはこれでいこうな」
「…………ダリウス、さま……」
「じゃ、また頼むよクラリッサ。俺もう行くから。アレイナを待たせてあるからな。あ、くれぐれも誰にも内緒だぞ、このことは。今まで通りでな」
晴れやかな顔でそう言うと、ダリウス様は呆然とする私を置き去りにしてさっさと出て行ってしまった。
「……………………。」
そこで、やっと気付いた。
あ、私、利用されたんだ。と。
(…………一人で真剣に悩んで……馬鹿みたい)




