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恋の魔法が解けた時 〜 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました 〜  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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25. 胸が苦しい(※sideミリー)

 その翌日のことだった。


 登校するために馬車に乗り込もうとしていた私は、門の外から聞こえる大きな声にふと足が止まった。


「おはようございます!お嬢さん!」

「……?……はっ?!あ、あんた…………っ」


 そこにいたのは、なんと昨日の無礼なパン職人の男だったのだ。こちらに向かって大きく手を振っている。


(うっ、嘘でしょう……?!こんなところで一体何してるの?あいつ)


 なぜだか私の心臓は途端にバクバクと激しく高鳴りはじめる。不審そうに門に近付いていく護衛たちをその場に強く押しとどめ、慌てて男の元に向かった。


「…………はぁっ、はぁっ……。う、うちの、前で、……何してるのよ、あなた……」

「おはようございます」

「や、それはもういいから……。何でうちの場所が分かったわけ?」

「昨日あなたの…お付きの人?みたいな方が言っていたから…。フィールズ公爵家のお嬢様だと」

「…………ああ」


 たしかに。護衛がこの男を怒鳴り散らかした時に言った気がする。


「だからって、何よ。こんな朝早くから、何しに来たわけ?」

「あ、これを…。俺が焼いたパンです。よかったら、召し上がってください」

「……え?……こ、これ、全部?」

「はい!」


 男は簡単に片手で持っていたけれど、私には両手で抱えるのがやっとなほどの大きな紙袋に入った大量のパン。


 ……これを、私に……?


 またみるみるうちに頬が熱くなり、私は妙な恥ずかしさをごまかすために怒鳴るように言った。


「こっ、こんなに食べられるはずがないでしょう?!あなた馬鹿なの?太ってしまうじゃないの!私はねぇ、体型管理にもものすごく気を配ってるのよ!美を保つのって大変なんだから!」

「……あ……、な、なるほど。そうですよね。その美しさを保つためには、そういう努力も必要なんですね。すみません、俺、とにかく何かあなたに喜んでもらえるようなことをしたいと思って、つい……」

「…………っ、」


 さっきまで弾けるような明るい笑顔を見せていた男は、私の言葉に途端にしょぼくれて悲しそうな顔をする。その表情を見ると、なぜだか急に胸がきゅうっと締めつけられるような気がした。

 私の手から紙袋を取り上げようとする男から、その袋を守るようにくるっと背を向ける。


「?」

「でも、…別に、少しずつなら、食べるわよ。学園でのランチとか、夕食の時とか。…でもきっと余るから、家族にも、…あげてもいい?」

「っ!…はいっ、もちろん!嬉しいです、あなたに受け取っていただけるなんて。……ありがとう」

「…………っ、」


(だから……何なのよ、この嬉しそうな顔。変なヤツ)


 たかがパンの袋を受け取ったぐらいで、そんな舞台俳優みたいな端整な顔で笑わないでほしいわ。何だか変な気分になる。


「…じゃ、もうここまで来ないでよ。ほら、護衛たちがずっと見ているわ。両親に変な告げ口されたくないのよ」

「ま、待って下さい、お嬢さん!」

「っ!!」


 男に背を向けて門の中に入ろうとすると、突然後ろから両肩に触れられる。驚いてパンを落とすところだった。

 そのまま私の顔を間近で覗き込むようにして見つめてくると、男は少し切なげな表情で言った。


「…あなたのお名前を、教えていただけませんか?」

「…………。…ミリー、よ」

「…ミリー…。素敵な名前だ。名前まで可愛い」

「…………っ!」

「よかった。昨日からずっと、あなたの名前が知りたかったんです。やっと知れた。ありがとう、ミリーさん」

「……変な人。……じゃあね、さよなら」


 ぷいっ、と盛大に顔を背け、私は今度こそ門をくぐると真っ直ぐ馬車へ向かって歩いた。


 だけど、体中が熱く火照っていて、何だかクラクラする。自分の心臓の鼓動が痛いほど強くて、変な病気にでもかかってしまったよう。気を抜いたら、膝の力が抜けて転んでしまいそうだった。


「……これ。…食堂に置いておいてくれる?半分に分けて、半分は私の部屋に」

「はい。かしこまりました」


 中から2つだけパンを取り出してランチバッグの中に詰め込むと、残りを侍女に渡しながらそう言った。


 馬車に乗り込み、はぁっと息をついて呼吸を整える。一体何なの?緊張してたのかしら、私。何でこんなに胸がドキドキするんだろう。


 馬車が門を出たところで、私は小窓からそっと外を見た。


「……っ!」


 男はまだそこに立っていて、じっと私のことを見つめていた。


 とても真剣な、そして少し切ない顔をして。


「………………っ、…何なのよ、変な人…」


 わざと呟いてみた声は掠れていて、私の胸はまた誰かに掴まれているかのようにぎゅうっと苦しくなった。




 授業中も、ずっと男のことが頭から離れなかった。


 ランチタイムになって、私はバッグの中からおずおずと朝もらったパンを取り出す。


「あら!珍しいですわね、ミリーさん。今日はパンを持ってこられたのですね」

「あら本当だわ。ふふ、美味しそう」

「……ちょっとね、……もらったの」


 私は友人たちの言葉にポツリと答えると、何となくドキドキしながらそのパンを一口かじった。


(…………美味しい)



 ……サミュエル……。


 と、パンを食べながら私は心の中で彼の名前を呟いた。






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