20. どうしても蹴落としたい(※sideアレイナ)
夜会の日にエリオット殿下からミリーに対する苦情を言われて以来、父は不機嫌だった。久々に両親と姉妹の4人が揃った夕食の席も空気が重い。
ところが当の本人はそれを気にする様子さえ全くない。相変わらずのミリー節で、周りをこき下ろすような話題で一人盛り上がっている。
「学年で私だけが満点だったそうですわ、今回の歴史の試験。有り得ない!なぜ皆あんな簡単な試験で間違えられるわけ?逆にすごいと思うわ。普通に生きてきて普通に学園に通って普通に授業を受けてさえいれば満点以外取りようがないでしょう。……ふん、馬鹿ばっかりだわ、ほんと。笑っちゃう」
(……本当に、可愛げの欠片もないわね、この子)
このわざとらしくツンと澄ましかえった表情も気に入らない。昔からのこの子の癖だ。自慢話や人を見下す話をする時に顎を上げてニヤッと嫌な感じに笑みを浮かべたりしながら目線を下げる。
不愉快で腹の底が熱くなる。
(この水を顔面にぶっかけてやろうかしら。いやいっそ、この熱いスープを…)
できるだけミリーの方を見ずにナイフとフォークを動かしながらも、私は心底苛ついていた。何もかも上手くいっていると言わんばかりの顔をして。腹立たしい。
「…いい加減にしなさい、ミリー。お前には先日のエリオット殿下のお言葉が何一つ響いていないようだな。お前のそういうところを殿下は嫌っておられるのだ。もっと謙虚になりなさい。いつもそうやって周囲の人間を馬鹿にして見下し……、このままもしも殿下との婚約が破談になったらどうするつもりだ」
「…そうよ、ミリー。あなたねぇ、最近学園であのジェニング侯爵家の令嬢に陰湿な嫌がらせをしているでしょう。みっともないから止めてくれないかしら。今まだうちとあちらは裁判で揉めているのよ。あなたのせいでこちら側が不利になったらどうするつもりよ」
父の苦言に乗っかって私も文句を言うと、ミリーが高笑いをする。
「おっほほほほほほ!いやぁねお姉様ったら。裁判で不利になるとしても、それは私のせいじゃないわ。そもそもはあなたがあの人から婚約者を奪ったりするからでしょう?真実の愛、だなんて……ふふふふふ、馬鹿らしいんだから」
「…………っ?!は……?何ですって……?」
激しい怒りに視界が赤く染まる。カトラリーを持つ手がブルブルと震えだした。
「だぁってぇ、あまりにも幼稚なんですもの、お姉様。いい歳して。こちらの方がみっともなくて恥ずかしいわよ。何が愛よ。魂胆は見え見えよ。あなた、あの伯爵家の不細工な三男との結婚が嫌で高貴な男性を落としたかっただけでしょう?できるだけ格上の、……ふふ……私にエリオット殿下をとられちゃったものだから、せめて王族でなくてももっとマシな相手をと思ったんでしょう。私に負けて悔しいのがバレバレなのよ。うっふふふふふ」
「……っ!!あ……あんた……っ!!」
「よしなさい二人とも。どちらもみっともないわ」
思わず音を立ててカトラリーを落とし立ち上がったところで、母の厳しい声が響いた。父が私たちを交互に睨む。
「どっちもどっちだ。くだらない。ミリー、お前はとにかくもっとしとやかに、謙虚でありなさい。あまりにも鼻につく態度だ。ジェニング侯爵令嬢にも近付くんじゃない。そして、アレイナ、お前もいちいちムキになるんじゃない。仮にもこのフィールズ公爵家の長女だぞ。もっと大らかに、心のゆとりを持ち淑女らしい態度でいるんだ」
「…………はい」
「はぁい」
ミリーは軽い返事をすると、チラリと私の方を見てクスッと笑った。
「ふふ。お姉様お顔が真っ赤」
「……………………っ、」
ギリ、と奥歯が鳴った。この女。妹のくせに、姉をここまで馬鹿にして。許せない。絶対に許せないわ。何なのよこいつ。
ミリーの勝ち誇った顔を見ていると吐き気が込み上げてきて、もう一口も食べられそうになかった。私は早々に席を立ち、部屋に戻った。
ドアを閉め、椅子に座り頭を抱える。爪を強く噛み、腹の奥底から込み上げてくるこの激しい怒りをどうにか紛らわそうとした。
美しいピンクブロンドの儚げな女から公爵家の婚約者を目論み通り奪えたことで感じていた優越感。毎日あの女の悲しげに俯く表情を見て、私にも勝ち取ることができるんだと満足していたつもりだった、けれど。
(ねぇ、何で?何であんな女が王太子妃になれるわけ?何であいつが私より上なのよ。おかしいでしょう。こんなこと、私は絶対に認められない)
どうにかできないだろうか。私が伯爵家の婚約者からディンズモア公爵令息に乗り換えることができたように、ミリーの道もこの私の手でどうにか変えられないだろうか。
もちろん、悪い方に。
(あいつが何か大きな失態でも犯せば……。だけど、ここまで来てみすみす将来の王太子妃の座を捨てるようなヘマはあいつはしないはず。無駄に賢いんだから、下手な策略を企ててもダメだわ)
でもどうにかしたい。
どうにかしたい。
あの憎い妹を思いっきり蹴落としたい。
もしもそれが叶えば、……ミリーが何か大きな失敗をして王太子殿下との婚約が破談になれば……。
また私にチャンスが巡ってくるかもしれない。
(ダリウスとはもちろん真実の愛で結ばれてはいるわ。それは、本当にそう。うん。だけど、もしもエリオット殿下と婚約できるのならば……それが一番いいに決まってる)
やっぱり王太子殿下の妃になりたい。
私はその日から真剣に考えた。ミリーの苦手な分野は何だろう。どんなことなら引っかかるだろうか。あいつが不慣れで、失敗しそうなこと。
何か、ミリーがやらかしそうなこと……何か、大きな失敗を……
「…………。」
『そもそもはあなたがあの人から婚約者を奪ったりするからでしょう?真実の愛、だなんて……ふふふふふ、馬鹿らしいんだから』
「…………そうだわ…」




