死をもって最後の教育とする
2月17日(土)曇り
数ヶ月前から、義母と一緒に暮らしている。
昨年の五月に義父が癌で亡くなった。それからしばらくして、義母の体調が崩れた。病院で検査をしてもらったら、義母も癌だった。長くはない。余命は、妻と僕だけが知っている。本人も末期であることは知っているが、余命は頑なに聞きたがらないので教えていない。
義父が亡くなったのを期に、ゆっくりと引っ越しの準備を進め、うちの近所のマンションに近居住まいをして、第三の人生を謳歌してもらうつもりだった。我が家で実の娘である妻と同居をさせると喧嘩ばかりするであろうから、同居ではなく近居住まいがベストかと。
でも、そんな流暢なことを言っていられる状況ではなくなってしまった。大慌てで我が家に招き入れ、共に闘病生活を始めている。
今の僕の立場で「お母さん、きっと治るよ。いつまでも長生きしてね」なんて白々しいことは言えない。「限られた残りの人生を、僕たちと一緒に、楽しく過ごしましょう」とはっきりと伝えた。
妻も腹をくくっている。実の母の余命を聞いた時は流石に取り乱したが、それ以後は努めて気丈に、できるだけ陽気に振舞っている。強い女だ。
ちなみに僕は二人の娘に「おばあちゃんが、この家で病と闘い死んで行くさまを、しっかりと見ておくように」と伝えている。
親は、みずからの死をもって子供たちへの最後の教育をしている。かつて僕は、母の死から、義父の死から、とても多くのことを学んだ。義母からも、たくさん学ぼうと思う。
いずれは僕も、教材となるのだ。
お母さん、たくさん教えて下さい。




