同世代に孫が生まれて我思う
3月8日(金)晴れ
僕の知人女性に、お孫さんが生まれた。
その女性は僕より三つ年上である。はやっ! その報告を聴いた時、一瞬そう面を食らったが、よくよく考えたら、いたって自然な計算が成り立つ。その女性が二十代前半で出産し、その子が二十代前半で出産すればそうなる。知人のご両親は、まだ七十代前半という若さで、ひ孫の顔を拝めるという。嬉しいだろうなあ。
知人は、若くして離婚をして、女手ひとつで娘二人を育て上げ、いろいろと大変だったと思うが、はやくに子育てを済ませているので、現在は悠々自適な毎日を送り、孫まで授かるに至っている。兎にも角にも、おめでとうございます。
さて、僕と妻が結婚をしたのは、僕が27歳、妻が21歳の時。でも長女を授かったのは僕が35歳を過ぎてから。次女にいたっては40歳の時。ちなみに、長女は怒涛の不妊治療の末に授かった。
仮に次女が大学に進学したとすると、卒業する時、僕は60歳を過ぎている。
孫?
……なげえ。
いやはや、健康って財産だなあ。僕の健康イコール家族の未来だ。あははは。僕等ぐらいの歳になると、ぼちぼち同世代各個人の健康状態に大きな差が出始める。心身の何かしらの不調で、働きたくても働けないという人の噂を耳にすることもしばしば。こうなってくると健康も持って生まれた才能のひとつだと思える。
ちなみに、僕がもっと早くに子供を授かりたかったかというと、うんにゃ、そうでもない。まあ、すべては結果論で、今だから言えるし、幸いにして子を授かったから言えることではあるのだが。
僕は、ある程度人生経験を重ねた上で子を授かることが出来たことは、本当に有難かったと思っている。妻はどう思っているか分からないから、あまり勝手なこと言えないのだが、それでも仮に、妻と結婚をする前や、結婚をして間もない時期の、あの精神状態の極めて未熟な自分に子供がいたとして、僕が人並みの労働や子育てをし、妻の望む給料を着実に家庭にパス出来たかというと、うーむ、我ながら、いささか怪しい。あはははは。
なかなか子供を授からなかったが、その十年に及ぶ妻と二人きりの生活のなかで、あの未熟だった心は、かろうじて成人した。夫婦二人でだったので、家庭を顧みず馬鹿みたいに働くことも可能で、子供が生まれた時には金銭にさほど苦労は無かった。
あの日々のおかげ。あの日々よ、ありがとう。この世のあらゆる問いは、必然的に解に向かう。すべての事柄は、あるべくしてそこに立っている。要するにあれだ。これでいいのだ。




