第八話 姉は優しいけどちょっと策士
昨日、学校の昼休み中にニノンのことを瑠衣花に聞かれて以来、俺はこれまで以上に姉のことを変に意識してしまうようになった。
なんとなく、姉さんと顔を合わせにくい。
姉さんの前でも平常心でいようと心がけているけど、そんな考えがある時点で意識している証拠だ。
いや違う。
(顔を合わせにくいのは、昨日ニノンの正体について瑠衣花に半分話してしまったからに違いない……!)
秘密を守り切ることができなくて、申し訳ないから気まずさを感じているに違いない。
それなら、どうするか。
朝……というかもはや昼に近い時間に起床した俺は、洗面所で顔を洗いながら決意した。
(姉さんに、瑠衣花に秘密を漏らしてしまったことを謝ろう……!)
ちなみにこんな時間まで寝ていたのは今日が土曜日で、前日遅くまでゲームをしていたからだ。
(昨夜のニノンの配信は割と早めに終わってたから、いつも昼夜逆転してる姉さんでも起きているはず……)
俺はそう思いながら、姉さんの部屋へと向かった。
「姉さん、起きてる?」
『起きてるよー』
部屋の中から、姉さんの間延びした声が返ってくる。
「入るね」
『いいよー、入って入って』
了承を得たので、扉を開ける。
姉さんはパジャマ姿のまま、ベッドに寝転がってスマホをいじっていた。
「おはよー弟くん。わざわざ部屋に訪ねてきてどうしたの?」
「ちょっと、謝りたいことがあって」
「おー、朝から重たい話だ」
「もう昼だけどね」
「それもそうだねー」
姉さんはスマホを触る手を止めると、体を起こしながら楽しげに笑う。
寝起きの笑顔も眩しいとか、何を食べたらこんな美人が出来上がるんだ。
「それで、弟くんが私に謝りたいことって何?」
「実は……」
俺は幼馴染の瑠衣花に問い詰められた結果、ニノン=俺の姉だと知られてしまった経緯について打ち明けた。
「なるほどー、そんなことがあったんだ」
「『俺に姉ができた』以上のことは直接話してはいないけど、多分ニノンの正体が俺の姉だってバレたと思う。だから……ごめん」
「別に、謝らなくてもいいよ」
姉さんから返ってきたのは、寛大な言葉だった。
「いや、でも……」
「弟くん、幼馴染なんていたんだねー。弟くんのことをよく知っている人なら、確かに気づいてもおかしくないか」
「でも、俺が話してしまったのは事実だから……」
「まあそこは、私の詰めが甘かったから勘ぐられちゃった部分もあるし、弟くんが信頼している子が相手なら大丈夫だよ!」
俺の推しが優しすぎる。
けど、こうも全面的に許されてしまうと、逆に申し訳なくなるな。
「お詫び……と言ってはなんだけど、何か一つくらいなら言うこと聞くよ」
「別にそこまで気にしなくていいのに」
「何もお咎めなしだと俺の気が済まないから」
「んー、そういうことなら何か……あ、そうだ。ちょうど弟くんにお願いしたいことがあったんだ」
姉さんは何か思いついたようだ。
「俺にお願いしたいことって?」
「実は……どうしても食べたい限定スイーツがあるんだけど、そのスイーツはペア限定のメニューらしくてね。私一人だと食べられないから、弟くんに付き合ってもらおうと思ってたんだけど……よし、今日行こう!」
なるほど。
それはつまり、俺と姉さんの二人で、スイーツを食べにどこかへ出掛けようってことか。
なんというか、それって……デートみたいだ。
いやいや、待て俺。
昨日からどこか思考がおかしくなってるぞ。
「……ちなみにそのスイーツ、他の人と食べに行くことはできないの?」
「うーん、他の人は無理かな。私って最近、配信関係以外の交友関係がないんだけど、今日は予定が合わない人かリアルで会ったことない人しかいなくて」
「なるほど……じゃあ、予定が合う日に行くのは?」
「そう思ってたんだけど、限定スイーツの販売期間が今日までだってことにさっき気づいたんだよねー……」
姉さんは困った様子で苦笑いを浮かべた。
「あー……そういうことか」
「もちろん、弟くんの都合がどうしても悪ければ諦めるけど……」
そんなことを言いながらも、姉さんは肩を落として露骨に残念そうにしていた。
……推しのこんな姿を見せられて、それでも断るとか無理だろ。
「分かった。そういうことなら、行くよ」
「やった、弟くんとデートだー!」
姉さんは嬉しそうに両手を掲げた。
もしかして、さっきまでの落ち込んだ様子は演技か……?
(……さすが元天才子役、こっちの気も知らずに振り回してくれるな)
こうして俺は、姉さんと二人で出かけることになった。
向こうの主張はともかく、俺にとってこれは断じてデートではない。
……とはいえ、こんな美人と一緒に出掛けるわけだし、普段よりは見てくれにも気を使わないとな。




