表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/12

第一話 推しのVTuberの弟

『私の弟?  今も配信見てると思うよ』


 パソコンのモニターに映るのは、長い黒髪にブルーのインナーカラーが特徴的な美少女だ。

 彼女の姿は現実の肉体ではない。

 二次元のイラストをベースにしたアバターだ。

 動画投稿サイトで活動するVtuberで、現在はシューティングゲームをプレイしながら雑談する生配信をしている。

 VTuberの名前はニノン。

 企業に属さない、いわゆる個人勢ながら20万人を超える登録者数を誇るVTuberで、透き通った声といつも明るいトークに加えて、確かな腕前のゲーム配信が人気を博している。

 俺はそんなニノンの配信を、自宅の部屋で見ていた。

 ニノンは俺にとって「推し」のVTuberだ。

 VTuberと言っても、本当にバーチャル空間を生きているわけじゃない。

 「ニノン」というキャラクターを演じる人間が、世界のどこかに実在している。

 その正体は、VTuberにとって最重要の秘密だ。


『弟くん、喉かわいたー。あとお腹すいたー』


 しかし俺……黒川(くろかわ)(あおい)は、ニノンがどこの誰なのか知っていた。

 彼女のもう一つの名前は、黒川(くろかわ)丹音(にのん)

 最近できた、俺の姉だ。

 丹音はネット上でもバーチャル空間でもなく、隣の部屋で配信をしている真っ最中だ。

 どうやら丹音……もとい俺の姉さんは、飲み物と軽食を求めているらしい。

 俺に持ってくるよう頼んでいる。


(配信の中で堂々と呼びかけるのはどうなんだ……)


 そう思う気持ちもあるけど、推しに求められたら答えたくなるのがVTuberファンの性だ。




 十分後。

 

「持ってきたよ。入ってもいい?」


 俺はおにぎりとお茶をお盆に載せて持ってくると、姉さんの部屋の扉をノックした。

 

『どうぞー』


 返事があったので扉を開けて部屋の中に入ると、パソコンデスクの前に座る姉さん……丹音が椅子を回転させて俺の方を見ていた。

 VTuberのニノンとしての姿と同じ派手な髪色をしているが、高校生くらいの美少女を想定してデザインされたアバターよりも少し大人びている。

 三つ並べられたモニターや高そうなマイクが置かれた机を背に俺の方を見る姉さんは、薄手のタンクトップにハーフパンツというラフな格好……というかだらしない恰好をしている。

 

(弟とはいえ俺も高校生男子なんだから、配慮してくれよ……)


 胸の谷間とか太ももとか、もう少し隠すことを覚えてほしい。

 こんなガサツっぷりでも超絶美人にしか見えないあたりは、さすが黒川丹音と言わざるを得ないけど。


(改めて見ると、本当に俺とは似てないよな)


 特徴のないフツメンで平均より少し低い程度の身長のおれ

 対して、端正な顔立ちに芸能人と並んでも遜色ないプロポーションを持ったにのん

 姉さんは実際に、昔は子役としてそこそこ有名なドラマにも出演していたらしい。


「弟くん、部屋の入り口でボーッとしてどうしたの? さてはお姉ちゃんの美貌に見惚れてるな?」

「部屋の汚さに驚いているだけだ」


 俺の立つ場所からパソコンデスクまで、足の踏み場がほとんどないほどに衣服や何かの空き箱が散乱している。

 ……また溜まってきたし、近い内に俺が片付けないとな。


「まったく、素直じゃないなあ」 

 

 素直じゃない。

 そんなのは当たり前だろう。

 相手は姉だ。

 しかもファンに人気のVTuberでもある。

 俺が見惚れるべき対象じゃない。

 実際に見惚れていたとして、その事実をそのまま言葉にできるはずがない。

 俺は視線を少し下に落として、床に散乱する物を踏まないよう回避しながらパソコンデスクの方に向かう。

 

「そんなことより、おにぎりとお茶。持ってきたよ」

「ありがとー。弟くん、素直じゃないけど優しいから好きー」 

「……配信中にそんなことを言っていたら、リスナーから怒られない?」

 

 ニノンを熱心に推すファン……いわゆるガチ恋勢からすれば、推しが自分以外の人間に「好き」なんて言葉を口にしていたら、快く思わないだろう。

 そう思って、姉さんの背後にあるモニターに映し出された配信のコメント欄を眺めてみると、意外な反応が目に入った。


『弟優しい』

『きょうだい仲がいいんだね』

『一家に一人ゲーミング弟くん』


 などなど、肯定的なコメントばかりだった。

 このリスナーたち、訓練されすぎだろ。

 

「そうでしょ、自慢の弟なんだー。いつも優しいし、ゲームもプロ並に上手いからね! あ、そうだ。この後一緒にゲームしようよ! 私に強くなる方法を教えてー」


 ニノンはコメントに反応を返しつつ、俺をゲームに誘ってきた。


「こんな調子だと炎上してもおかしくないと思うんだけどな……」


 VTuberの弟。

 女性VTuberの配信では、時折その兄弟について言及されることがある。

 兄が日頃から色々奢ってくれるとか、弟とどこかに出かけたとか、配信中にそんな話題が上ったりする。

 自分が推すVTuberの周りに男性の影がないか警戒する熱心なファンたち……いわゆるガチ恋勢も、兄弟や父親など家族であれば許容する風潮がある。

 しかしネット上の一部の厄介な連中の間では、男の存在をファンに隠しつつ、直近あった出来事を違和感なく配信で話すために彼氏を兄弟に置き換えているんだ……なんて噂もある。

 実際、ちょっとしたきっかけから彼氏バレして大炎上して活動を辞めてしまうVTuberもたまにいるしな。

 じゃあ、俺と姉さんの実情がどうかと言えば。


「なんで? 私たち、きょうだいなのに」


 そう、この通りだ。

 例え俺が、VTuberであるニノンを推していたとしても。

 日頃からやたらと距離感の近い美人の姉に惹かれつつある、年頃の高校生男子だったとしても。 

 黒川丹音にとっては、弟でしかない。

 炎上しないのは、ニノンが俺のことを異性としてまったく意識していないからだ。

 その現実を突きつけられて、俺は思う。

 

(他の出会い方をしていたら、もっと違う関係でいられた……わけないか)


 そもそも、姉と弟という関係でなければ、出会ってすらいなかっただろうな。

 そう。

 俺と姉さんは、義理のきょうだいだ。

 最初から今の関係だったわけじゃない。

 きょうだいになったのは、つい最近。

 まだ1ヶ月前の話だ。

別サイトで投稿していた作品をリライトしてこちらで投稿始めました!

ブクマや評価をぜひお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ