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俺とクーリエちゃんがちゅーちゅーしようとする話

 バイオハザード騒ぎのせいで、未だ人が逃げ惑う商店街をクーリエちゃんと歩く。

 これで指名手配とかされたらどうしようか。帰ったらクーリエちゃんに顔をボコボコにして貰ってから治癒魔法をかけてもらう、新しい整形手術を検討すべきかもしれない。

 

「ふふっ」


 クーリエちゃんから、小さな笑い声が聞こえたので、この状況で笑うとかほんまクーリエちゃんの図太さ世界樹の幹級!とか思いながら、クーリエちゃんに視線を向ける。

 クーリエちゃんの視線はすぐ側のショーウィンドウに向かっていた。


 ショーウィンドウの中には……ドSな女王様ご用達のセクシーボンジテージと凄くしなりような鞭がデンと飾ってあった。あの鞭はヤバイ。直感がそう告げる。《鑑定》スキルで見てみる。


 名前:尋常じゃなくしなる鞭

 攻撃力:0

 特性:相手に死にたくなるほどの痛みを与える


 ヤバイ。特性もそうだけど、攻撃力0って部分がもっとヤバイ。相手を絶対に殺さずに、死ぬほどの痛みを与えるとか、現世にあってはならない一品だろこれ。地獄とかで厳重に保管しとくべき物でしょ。

 そんな物を見ながら微笑んでるクーリエちゃんが怖い。アレで俺をどうするつもりなのか。


「クーリエちゃん? さすがにああいうのは、クーリエちゃんにはまだ早いかと……ていうか、勘弁してください」


「はい? 何を言っているんですか? ああいうのって――ち、違います! アレを見ていたんじゃないです!」


 真っ赤にした顔を横にブンブン振るクーリエちゃん。

 違う? でもショーウインドウの中にはボンテージと鞭しかない。だが、確かにクーリエちゃんはショーウインドウを見ていたはずだ。

 もしかして俺には見えない何かがこの中にあるのか?

 バカには見えない服的な? そんな御伽噺の産物がこの世界にあんの? さすがファンタジー世界だな。もしかするとこの世界には、不老長寿の妙薬とか開けると後期高齢者になる箱とかあるかも。もしそうなら、是非きび団子をゲットしてモン娘ハーレムを築き上げたいものだ。

 

「わたしが見ていたのは……そ、その……わたしです」


「ん? わたし? それって……」


 恥ずかしそうに俯いたクーリエちゃん。『わたしを見ていた』の意味が分からず、もう1度ウィンドウに視線を向けると……なるほど。

 そこには恥ずかしそうに俯くクーリエちゃんが映っていた。

 新しい服を着たクーリエちゃんが、だ。

 どうやらクーリエちゃんはウィンドウに映る自分を見て、微笑んでいたらしい。


「それ気に入ったの?」


「……」


 無言で頷く。てっきり「そんなわけないじゃないですか!」からの「殺しますよエチゼンさん!」で俺が「おえええええ!」ってファンタズムリバースする定番のコンボかと思いきや、素直に頷くなんて少し驚いた。

 そんな珍しく素直なクーリエちゃんに触発され、俺も素直に感想を述べる。


「確かに可愛いからね。うん、何回見ても可愛い。服も可愛いけど、可愛いクーリエちゃんによくに似合ってるし。何つーか、クーリエちゃんが着るために生まれたとしか思えないくらい似合ってるよね」


「……あ、ありがとうございます」


 ほんと、どうしたんだ今日のクーリエちゃんは。

 借りてきた猫かってくらい、素直だ。

 アレか? いつもと違って服を着たことで気分が変わったのか? 服着替えてキャラが変わるとか、それ何てアル○ネリコ?


 よーし、折角だから素直なクーリエちゃんに、俺の今日のファッションについても聞いてみよう。まだクーリエちゃんの口から、聞いてないからね。


「なあ、クーリエちゃん。ところで、俺の今日の服……どう思う?」


 俺は漆黒のロングコートをバサリとはためかせた。勿論、背中の逆十字をチラ見せすることも忘れずに。

 さて、俺の渾身の勝負デートファション。感想はイカに?


「どう思う……ですか?」


「そうそう。どう思う? ほら、単純にカッコイイとか。エチゼンさんが常に纏っている闇系のオーラと相乗してミステリアスな過去を感じさせるアンチヒーロー的ファッションがスゴヤバです!とか。是非とも我が同好会にスカウトしたいデス!とか。……どう? 正直に言ってイイヨ!」


「えっと、正直にですか」


「うんうん」


「……ゴ○キブリ」 


「……え?」


 クーリエちゃんの口から、名状し難い地を這うアレの名前が出たもんだから、俺は思わず第二射を口からバーストしそうになった。

 ゴキ……ブリ……?

 俺が今日の為に温存してきた、最終決戦ファッションが……ゴキ……ブリ……?

 お、おかしいな……そんなわけないでしょうが。きっとアレだ。いつものクーリエちゃんのツンデレだ。

 あんまりに俺の格好がイケてて、素直に褒められないんだ!


 クーリエちゃんに視線を向ける。


「……」


 何と言うか、非常に申し訳無さそうな表情をしていた。

 まるで言い辛かったことを、正直に話すことを強要され言ってしまった。そんな表情。


 俺はショーウインドウを見た。

 ウインドウに映る俺は、まあ見る人が見れば……ゴキ○リに見えなくもない。そう思えた。

 つーかそう言われたら、何だかそう見えるような気がしてきた。


 俺は無言でコートを脱いだ。折り畳んで脇に抱える。


「あ、あの……エチゼンさん。何か、その……ゴメンなさい」


「いいんだ。……いいんだ」


 俺は今日、一つ大人になった。

 主観と客観の違い。自分が見た自分と、他人から見た自分は違う。そして他人から見た自分こそが、本当の自分なんだ。

 そうだよね。今日家出た時から、擦れ違う人みんなに変な物を見る目で見られてたもんね。

 てっきり空気を読まずに街中で暗殺者スタイルのクーリエちゃんに向けられてた視線だと思ってたけど……アレ、俺だな。


 俺はまた、消えない過去キズを作ってしまった。

 人の人生は過去の積み重ねと誰かが言っていた。だったら過去がキズだらけの俺の人生って一体何? 

 生きてる価値あんの? これ以上痛い過去積み重ねて、生きるとか拷問じゃね?


 今にも暗黒面に落ちそうな俺だったが――


『く~』


 という可愛らしい音が、どこから聞こえたので、何とか闇墜ちは回避された。

 何だ今の音? パンダの寝息みたいな、可愛らしく心温まる音だったけど。


 音の発生源を探す。


「……っ」


 顔を真っ赤にしたクーリエちゃんが、お腹を抑えていた。

 どうやら音の発生源はここらしい。


「今の音、クーリエちゃん?」


「ち、違いますっ」


「いやでも確かに。そこから可愛らしいパンダの寝息みたいな音が」


「違います! 何がパンダですか! バカじゃないですか!?」


 こりゃ確定だな。

 必死になって否定するクーリエちゃんには悪いけど、ムキになればなるほど、自分だって認めるもんなんだよね。

 

「ははは。そろそろご飯でも食べに行こうか」


「だ、だから……! 違います!」


 ムキになって否定するクーリエちゃんが年相応で可愛い。

 繋がれてる手が、クーリエちゃんの恥ずかしさを表すかのように強くギュッと握られ……ギャアアアァァァ!?

 ヒギィ!? み、右手が! 右手がオシャカになる!


「わ、分かったから! 今のクーリエちゃんのお腹の音じゃないから!」


「いえ分かってないですっ。顔がそう言ってます。その顔はわたしを疑ってる顔ですっ。罪を認めようとしない犯人を睨みつける表情です!」


 違うよ。この顔はね。右腕を今にも握りつぶされようとしている男の断末魔の表情だよ。

 

 結局、さっきの音は近くにある焼き鳥の屋台から聞こえた、鳥が絞められる直前の鳴き声ということになった。

 勿論あんな可愛らしい鳴き声で生涯を終える鳥なんて物は存在しないが……そうなったのだ。


「……ようやく分かってもらえて、よかったです」


 どこかホッとした様子のクーリエちゃん。

 対する俺は右手がスクラップ寸前で、今夜は左手で頑張るしかないと思った。

 魔法の練習の話ね。


「ではエチゼンさん。次はどこに行くんですか?」


「次? そろそろ飯屋に……」


「ま、まだ疑ってるんですかっ? だからアレはわたしのお腹の音じゃないと……!」


「いや、違うから。マジでそろそろ飯時だから。別に変な意味とないから!」


「……それなら、いいんですけど」


 よかった。俺の右手は何とか生き延びた。


「それで? どこのお店に入るんですか? あそこなんてどうです?」


 クーリエちゃんが一軒の店を指差す。


「あの店?」


「はい。お客さんもいっぱい入ってますし。美味しいお店なんじゃないですか?」


 クーリエちゃんの言う通り、店の中は客でいっぱいだった。

 この店は……知ってる。最近になって有名になった店だ。提供する食材が最近ブームになって、流行るようになったらしい。


「まあ美味しい店には間違いないけど……虫料理の店だよ?」


「は?」


「だから虫料理。知らない? 最近この街でブームなんだよ。虫料理。で、寂れてたあの店、大繁盛してるんだよ」


 正直興味はなくもない。

 元の世界でも虫料理はあったけど、食べる機会が無かったし。妹が大の虫嫌いだったからね。

 この機会に一度は体験してもいいかもしれない。


「入る?」


「……っ! ……っ!」


 クーリエちゃんが必死な表情で顔を横に振った。

 必死すぎて残像が出来てる。イチローのアレみたい。


「いや、でも大繁盛してるし。1度くらいは……」


「死にます」


 クーリエちゃんはどこからともなくナイフを取り出し、自分の首に当てた。


「虫を食べるくらいなら、この場で自害します」


「そ、そんなに嫌なんだ……」


「嫌です。絶対に嫌です。出来ることなら、虫を食べるという概念を知ってしまったこの記憶を消し去りたいくらい嫌です」


 そこまでなのか。

 そんなに嫌なもんなのかね。別に主食にするでもあるまいし、珍しい経験と思って1度くらいいいと思うけどな。男は度胸、何でも試してみるもんさ。

 ま、今日は諦めて別の機会に1人で『虫料理を食べにちゅーちゅー』に行くか。


「仮にエチゼンさんがわたしに内緒で1人で食べに行ったら、家に入る前に殺します」


「えぇ……」


「エチゼンさんが虫を食べたという事実を、わたしの心が許容出来そうにありません。……なので、命が惜しかったら間違っても食べに行かないように」


 残念ながら俺が虫料理を食べる機会は失われてしまった。

 まあ、クーリエちゃんがそこまで嫌がるなら仕方が無い。


 クーリエちゃんが繋いだ俺の手をひいた。


「あそこにしましょう。ほら見てください。とてもお客さんがいっぱいですし、女性客ばっかりです」


「ああ、アレね。あそこオープンしたばっかりの……虫料理屋」


「どうなってるんですかこの街は!」


「だからブームなんだって……」


 というか適当に選んだ店が、悉く虫料理屋なのは何故なんだ。

 もう虫料理がクーリエちゃんの運命の中に組み込まれているとしか思えない。


「か、帰りましょうエチゼンさん。もうこの街はダメです。虫料理に汚染されています……! 帰ってエチゼンさんの料理が食べたいです……!」

 

 目の端に涙を浮かべ縋り付いてくるクーリエちゃん。

 俺の料理が食べたいという言葉は素直に嬉しい。

 だが今日は初めての2人でのお出かけなのだ。

 いつも通り家で食べるってのは、少しもったいない。


「悪いけど、食べる店はもう決めてるんだ」


「……そこは、虫料理じゃないですよね」


「違う違う。普通の店」


 多分、虫料理は無かったはずだ。


「一体どこのお店に行くんですか?」


「クーリエちゃんも知ってる店だよ」


 俺は戸惑った様子のクーリエちゃんの手を引き、目的の店へと向かった。

 商店街を離れ、暫く歩くと慣れ親しんだ道に変わる。

 何度も歩いたその道の先に――目的の店があった。


「ここは……」


 クーリエちゃんが店を見上げる。

 

 看板に掲げられた名前は――竜のしっぽ。

 

 俺が通っているバイト先だ。




 



 


 

 

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