第99話 聖女は幼女に捕まってしまう
魔王城へと降り立ったわたくし達は、応接室へと通されました。
素晴らしい調度品の数々が、室内を彩っています。
いま座っているソファなど、意匠が美しいだけではありません。
ふかふかで、座り心地も最上級のものですわ。
フクはもう丸まり、気持ちよさそうにウトウトしています。
リュウもくつろぎモードです。
なんと言っても、実家ですからね。
「オフクロ、遅えな……」
わたくし達はけっこう長い時間、この応接室で待たされています。
謁見相手は一国の主なのですから、お忙しいのでしょう。
……そう思っておりましたが、実情は違うようです。
魔王様は執務を放り出して、城内を散歩中なのだとか。
広い魔王城の中で行方不明になっており、わたくし達が到着した連絡が届いていないそうです。
現在クレイ団長が、捜索中とのこと。
わたくしはそっとソファから立ち上がり、応接室を出ようとしました。
リュウは「どこへ行くのか?」などと、訊ねてはきません。
ただ一言、「メイドさんの誰かに案内させようか?」と。
メイドさんのお仕事を増やしては申し訳ないので、丁重にお断りしました。
ただ、お手洗いに行くだけですもの。
小さな子供ではないのです。
いくら魔王城が広大とはいえ、城内で迷ったりなど――
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「……迷いましたわ。ここは一体、どこなのでしょう?」
姿が映りそうなほどに磨き上げられた、黒くて長い廊下。
その途中で立ち止まり、途方に暮れておりました。
まさかお手洗いからの帰りで、道に迷うなんて……。
方向感覚には、わりと自信があったのですが……。
やはり考えごとをしながら歩いていたのが、よくありませんでした。
魔王ルビィ様との謁見で失礼がないようにと、脳内で色々とイメージトレーニングをしていたのです。
ああ。魔王様が応接室へとお見えになる前に、戻れなかったらどうしましょう?
早足で廊下を歩いていると、壁に絵画が並んでいることに気づきました。
「この絵は……。幼き日のリュウ? なんて可愛らしい。隣の絵は、15歳ぐらいの頃でしょうか? 今ほど筋肉が付いてなくて、ヒョロっとしていたのですね」
さらにその隣には、眼鏡をかけた理知的な男性魔道士の全身画。
この方の絵は、アヴィーナ島でも見ました。
リュウのお父上にして、魔法の師。
「千言の魔術師」タツミ様ですわ。
廊下を進み、4枚目の絵画に目を向けます。
今度は女性の全身像です。
若い……。
見た目はせいぜい20台後半。
かなり前に描かれたのでしょうか?
いえ。
額縁の下に、描かれたのは1年前と記載されています。
踊り子のように煽情的な衣装。
とても一国の主には見えませんわ。
しかし金色の瞳は、圧倒的な覇気を放っています。
実物ではなく、絵画だというのに。
真っ赤な髪を腰まで伸ばしたこのお方こそ、魔王ルビィ・ムラサメ。
リュウのお母様。
わたくしのお義母様にもなる方。
金色の双眸に射貫かれて、思わず身震いしてしまいます。
わたくしこの方と、上手くやっていけるのでしょうか?
不安に思っていた時です。
廊下に元気いっぱいな、女の子の声が響き渡りました。
「ヨメ、ハッケンじゃああああっ! すんごい美人のヨメじゃああああっ!」
パタパタという足音も一緒に聞えたと思ったら、次の瞬間には脇腹に衝撃が走ります。
誰かが抱きついてきたのですわ。
視線を落とすと、そこにはサラサラと流れる長い髪。
燃え盛る炎か、煌めく紅玉を連想させます。
「たしか名前はヴェリーナじゃな? 手紙に書かれておったぞ。くっくっくっ……、もう逃がさぬからな。大人しく、妾の義理の娘になるのじゃ~」
キラキラした黄金の瞳で見上げてくるのは、まだ小さな幼女です。
歳の頃は、5~6歳といったところでしょうか?
口調と外見が一致しない点が、不思議ではあります。
ヨメとは一体?
色々不審な点はありますが、どうでもよく思えてきました。
細かい疑念を吹き飛ばすほど、幼女は可愛かったのです。
「あらあら? お嬢ちゃんは迷子? お母さんとはぐれてしまいましたの?」
わたくしの方が迷子なのですが、棚に上げてしまいます。
幼女を抱き上げ、高い高い。
そのままクルクルと回転してしまいます。
「わぁー! 凄いのじゃー! ヴェリーナは力持ちなのじゃー!」
赤髪の幼女は、歓声を上げて大喜びします。
耳で揺れている、丸いイヤリングが気になりました。
小さい子供が着ける装飾品としては、かなり大人びているような?
……どうしてなのでしょう?
わたくしこの子を、知っているような気がします。
「魔王竜の番は、こうでなくてはのう。リュウのヤツめ、よくやった。親孝行な息子じゃな」
その言葉に、わたくしはスピンをぴたりと止めてしまいました。
「お……お嬢ちゃん。あなたはひょっとして……?」
「くっくっくっ……。こんな成りになってしまったが、妾は41歳じゃぞ。お嬢ちゃんではないわ」
ちょうどその時、廊下を早足で歩いてくる足音が聞こえました。
「探しましたぞ、ルビィ様! おお、ヴェリーナ様もこちらにいらっしゃったのですか」
現れたのは、魔王陛下捜索中だったクレイ団長です。
ええ……?
それではやはり、この幼女が……。
「ようこそ魔王城へ。妾がこの城の主。魔国ヴェントランの王。ムラサメ家魔王竜。リュウ・ムラサメの母。……そしてそなたの義理の母になる、ルビィ・ムラサメじゃ!」
わたくしの腕の中でドヤ顔を決める、可愛らしい赤髪の幼女。
そして絵画の中から視線で射すくめてくる、背の高い豊満な体つきの妖艶美女。
両方の魔王様を、交互に何度も見てしまいましたわ。
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団長に道案内されて、応接室に戻ってきました。
幼女ルビィ様を、抱っこしたままですわ。
最初こそ目を見開いて驚いたリュウでしたが、すぐに落ち着きを取り戻しました。
「……で? 久しぶりに会ったウチのオフクロは、なんで幼女化してるんだ?」
胡乱な目で、縮んでしまった母親を見つめています。
現在ルビィ様は、わたくしの膝の上です。
ちょこんと座っています。
お茶請けのクッキーを差し出すと、サクサクと齧歯類のような食べ方で平らげてしまいますの。
――可愛い。
頬いっぱいに詰め込んだクッキーを飲み込むと、ルビィ様はようやくリュウの質問に答え始めました。
「もぎゅもぎゅ……。3日前、眠っている時に声が聞こえたんじゃ。『新たな魔王が生まれた。お主はもう、退位せよ』とな。そして目が覚めると、幼女ボディになっておったんじゃ。魔法もドラゴンの力も使えぬ」
「何だって? オフクロ、そりゃあどんな声だったんだ?」
「地の底から響いてくるような、低く、かすれた声じゃったな。あれはエンシェントドラゴンの声じゃぞ。魔王就任時に、聞いたことがある」
――古代竜エンシェントドラゴン。
オーディータ様のお屋敷で、話を聞いたことがあります。
火竜領東部。
魔境と呼ばれるジャングルの奥地。
そこには洞窟があり、最深部には巨大なドラゴンの骸が安置されているという。
それがエンシェントドラゴン。
魔王交代の次期には蘇り、魔王選の始まりを告げるそうですわ。
アヴィーナ島で、ミラディース様はおっしゃっていました。
――エンシェントドラゴンは、かつて神竜と呼ばれていたと。
「エンシェントドラゴン……。ひょっとして、俺の夢に出てきた声も……?」
「何じゃリュウ。何か気になることでも?」
「いや、何でもねえ。それじゃオフクロは新たな魔王に席を譲るべく、エンシェントドラゴンに力を封印されて幼女化した……みてえな解釈でいいのか?」
「たぶん、そんな感じじゃな。気合いを入れれば、3分間は元の姿に戻れるがのう。不便じゃから、力を取り戻したいのじゃ。新たな魔王が就任すれば、封印は解けるじゃろう。それでリュウを早く見つけたくて、冒険者ギルドに捜索依頼を出したのじゃ」
「……嫌な予感がするぜ。オフクロ、誕生した新たな魔王ってのは誰だ?」
「そんなの決まっておるじゃろ。リュウ、そなたが次代の魔王じゃ」
わたくしは驚きのあまり、絶句してしまいました。
リュウは項垂れて、こめかみを揉みほぐしています。
「……何でそうなる? 魔王ってのは、魔王選で勝ち残った奴がなるもんだろ?」
「諜報部の者達から聞いておるぞ。リュウ。そなたは魔王選で、他の参加者達を倒してきたじゃろう?」
「いや、魔王選って……。俺達は偶然魔王竜や、その後継者候補と戦う羽目になっただけだ。それにオフクロから、魔王竜の称号を継いだわけでもねえし」
「あまり知られてはおらぬが……。魔王選に出るための絶対条件は、『強い力を持ったドラゴニュート』というだけじゃ」
「マジか……? 魔王竜の称号と番は必須だと思っていたよ。オーディータのオッサンとカーラさんも、そう思っていたみたいだぜ?」
「まあ竜化できんと話にならぬし、各家最強のドラゴニュートは必然的に魔王竜の称号を継ぐからのう。その解釈も、間違ってはおらぬ」
「じゃあ番が居なかったシュラや、『キマイラソウル』で竜化していたミツキも……」
「当然、魔王選の参加者じゃ。少なくとも魔王選を管理するエンシェントドラゴンからは、そう認識されておるじゃろうな」
なんとういうことでしょう。
知らず知らずのうちに、魔王選に参加していただなんて……。
もっと厳格なルールの下、「今から戦うぞ」みたいな感じで始まるものかと思っていましたのに。
あら?
そういえば気になることがありますわね。
今度はフクをもふもふしているルビィ様のお顔を覗き込み、質問してみました。
「ルビィ様。わたくしとリュウは、2人がかりで他の参加者達を倒してしまいました。反則負けにはならないのでしょうか? 人族のわたくしは、魔王選の部外者でしょうし」
「魔王選に、1対1なんて決まりはないぞ? 昔は大軍を率いて戦った、魔王候補者達も居たそうじゃ。近年では魔王竜の力が突出し過ぎて、戦いについてこれる者が減ったのじゃ。それで魔王竜単騎で争うことが、多くなってはいたがのう」
規則上も問題無し。
これはもう、受け入れる他ありません。
わたくしの番リュウ・ムラサメは、魔王の後継者になってしまったのです。




