第98話 聖女は砂丘を越えて
赤竜魔法兵団の皆様に護衛されつつ、すぐにブレイズシティへ向けて出発――と言いたいところですが、まずは冒険者ギルドの受付に行きます。
砂なまこの切り身を、換金しなければ。
リュウは異空間から、次々となまこ魔獣の切り身を取り出します。
冷凍されたままだったので、辺りにはひんやりとした空気が立ち込めました。
その光景に、ギルドの受付嬢は目を丸くしています。
「伝説の空間収納魔法まで使えるとは……。やはりリュウ様こそ、次代の魔王に相応しい」
心酔しきった様子で、クレイ団長が頷いていらっしゃいます。
ふふふ――
わたくしの番であり、婚約者でもあるリュウが褒めちぎられると、悪い気はしませんわね。
すでに風の魔法でカットされていた砂なまこの切り身でしたが、それでもけっこうなサイズと重量でした。
邪魔にならないよう、わたくしがギルドの隅に積み上げてゆきます。
「ああ、ヴェリーナ様。我々にお任せ下さい……って、なんだこれ!? 重い!」
手伝ってくれようとした、筋肉ムキムキドワーフの魔法兵団員さんが驚いています。
そんなに重かったでしょうか?
どの切り身も、100kgぐらいしかないと思うのですが――
「ははは……。さすがはヴェリーナ様。プラチナ級冒険者の称号と『竜殺しの英雄』の二つ名は、伊達ではありませんな」
クレイ団長はそう言って、砂なまこの切り身を軽々と抱えてくださいます。
――この力。
クレイ団長はわたくしと同じ、身体強化魔法の使い手ですわね。
同じムラサメ姓ということは、彼もおそらく竜人族なのでしょう。
たしかリュウは、身体強化魔法を習得する竜人族はほとんどいないと言っていました。
竜化すれば、人型とは比べ物にならないパワーとスピードが手に入るからと。
クレイ団長は、かなり珍しいタイプの竜人族であり、魔道士なのですわね。
わたくし達は砂なまこの切り身を換金し終え、取り分をソフィア様とランスロット様にお渡ししました。
さあ、いよいよブレイズシティに向けて出発ですわ。
ギルドの扉から出たところで、リュウが申し出ます。
「団長。俺は今、体調不良で竜化できないんだよ」
「そんなことだろうとは、思っておりました。ヴェリーナ様と番になられたのに、空路で来ないのはおかしいと。私が竜化して背に乗せてもいいのですが、それよりもこちらの方が快適で楽しいでしょう」
クレイ団長は、部下に持ってこさせた絨毯を広げました。
高価そうな刺繍が施された、えんじ色の絨毯ですわ。
驚くことに、地面から少し離れフヨフヨと浮いています。
「まあ、素敵。噂に聞いたことがあります。空飛ぶ魔法の絨毯ですわね」
「へへっ。こいつに乗るのは、久しぶりだ」
リュウはわたくしの手を取り、絨毯に乗るのをエスコートしてくれます。
フクは誰よりも先に乗り込み、早くも丸くなってしまいました。
「ちょっとぉ~。アタクシ達は、どうしろとぉ? その絨毯、3人以上は乗れそうにありませんわぁ」
聖女ソフィア・クラウ=ソラス様が抗議すると、赤竜魔法兵団の団員さんが新しい絨毯を広げて下さいました。
どうやら向こうは団員さんが操縦して、ソフィア様とランスロット様を乗せて下さるみたいですわ。
「それじゃ、飛ぶぜ」
飛び立つ勢いでバランスを崩さぬよう、リュウが肩を抱いて支えてくれます。
これは新鮮ですわ。
いつもの背に乗る方法では、リュウと並んで飛ぶことはできませんもの。
絨毯は、フワリと空に舞い上がりました。
竜化したリュウほどの飛行速度は出ませんが、軽やかな動きです。
あっという間に、オアシスの街から外に出ます。
絨毯の位置はもう、白い砂丘の上空です。
「虹色の砂漠」という名前の通り、太陽の光を反射した砂が七色に輝いておりました。
わたくし達が乗る絨毯の上に、ふと影が差します。
高空を見上げると、巨大な赤竜が陽光を遮っていました。
若干体型が違いますが、竜化した時のリュウに似ている――
「ありゃ、クレイ団長だぜ。護衛とはいえ、わざわざ竜化しなくてもなぁ……」
わたくし達の周囲を飛んでいるのは、クレイ団長だけではありませんでした。
クレイ団長よりひと周り小さいドラゴンや、それと同じぐらいのサイズである巨大鳥もいます。
おそらくは、赤竜魔法兵団の団員さん達ですわ。
巨大鳥に変身できる、天翼族の団員さんもいたみたいですし。
他にも、魔法の絨毯に乗った団員の皆様が飛んでおられます。
ソフィア様は空が怖いらしく、ランスロット様にしがみついていました。
「ヴェリーナ、見えてきたぜ。あれが、俺の生まれた都市……魔国の首都ブレイズシティだ」
「えっ? もうですの?」
そういえばオアシスの街からブレイズシティは、あまり離れていないというお話でした。
それにしても、あっという間でしたわね。
もう少しリュウと、空のお散歩を楽しみたかったのですが――
砂丘の向こうに見え始めたのは、小さな黒い影でした。
それがみるみると、大きくなってきます。
あれが、魔王城――
黒く輝く城壁は、高貴にして硬質。
まるで、黒曜石のような美しさですわ。
その上では無数の篝火が、明々と燃えています。
まだ、昼間ですのに――
遠くて正確には判断できませんが、ミラディア大聖堂や雷竜領の【ティアマットアリーナ】より大きいでしょう。
圧倒的武力によって国を統治する、魔王様の居城に相応しい雰囲気です。
城壁の外側には、街が広がっていました。
これまでに立ち寄ってきた、オアシスの街や村と同じような景観です。
ただ、規模は比べ物にならないほど広大。
呆れるほどの建造物数と、都市の面積ですわ。
わたくしの故郷である聖都ミラディアと違い、都市の周囲には防壁がありません。
その代わり堀が円状に走り、街を取り囲んでいます。
水面が光を反射して、鏡のように輝いていました。
ブレイズシティ上空を低く飛べば、街の人々が地上から手を振ってきます。
たぶん、赤竜魔法兵団は人気があるのでしょう。
「変わらねえな、この街並みも。少し、建物が増えちゃいるが」
リュウは懐かしそうに都市を見下ろしながら、地上の人々に手を振り返していました。
いつもの鋭い目つきですが、その中に浮かぶ黄金色の光は優しい。
わたくしに向けてくれるのと、同じ眼差しですわ。
『リュウ様、ヴェリーナ様。このまま魔王城に直行します。お仲間の方々も、ご一緒に。歓迎いたします』
クレイ団長が、念話魔法で語りかけてきました。
もちろんわたくしとリュウは、異存ありません。
しかしすぐ隣を飛んでいたソフィア様が、抗議の声を上げたのです。
「遠慮させていただきますわぁ! ヴェリーナ達とは色々事情があって、一緒に旅をしていただけ。仲間などではありません。魔王城など、アタクシには関係ありませんわぁ」
出ました。
ソフィア様お得意の「関係ありませんわぁ」。
せっかくクレイ団長が、歓迎するとおっしゃっているのに。
あら?
ソフィア様もランスロット様も、何かに怯えているようですわ。
ひょっとして、魔王ルビィ様を恐れているのでしょうか?
無理もありません。
正直わたくしも、ちょっぴり怖い。
「まあ一緒に来たくねえのなら、無理にとは言わねえさ。誰か城下町の宿まで、案内してやってくれねえか?」
リュウがお願いすると、ソフィア様達を乗せた絨毯は市街地へと降下して行きました。
絨毯を操っていた団員さんが、そのまま案内して下さるのでしょう。
わたくしは視線を、魔王城へと戻しました。
荘厳な佇まいの黒き城が、威圧してきているような錯覚にとらわれます。
全身を固くしていると、不意に手が温かくなりました。
リュウが大きな手の平で、包み込んでくれたのですわ。
「そう心配するなよ。オフクロは魔王なんて呼ばれちゃいるが、ちょっとケンカが強い竜人族ってだけさ」
「いえ……その……圧倒的なお力も、そうなのですが……。なにより、リュウのお母様でしょう? 息子の伴侶として、わたくしのことを気に入っていただけるかどうか不安で……」
「ああ、そういうことか。それも、気にすることはねえ。万が一ヴェリーナとオフクロの相性が悪かったり、何か傷つけるようなことを言ってきたら即、親子の縁を切るだけだ」
事も無げに、リュウは言い放ちます。
「そりゃ、オフクロは大切な家族だけどよ……。いま俺が、1番大切にしたいのはヴェリーナだ。悪いが、優先順位は付けさせてもらう」
「リュウ……。ありがとうございます。ですが『親子の縁を切る』などと、簡単に言ってはいけません。お義母様が、悲しみますわ」
「ああ、そうだな。悪かった。……やっぱりヴェリーナは、優しいな。会ったこともない俺のオフクロを、思いやってくれてありがとよ」
絨毯が、高度を落とし始めました。
ゆっくりと、魔王城中庭の地面が近づいてきます。
わたくしは緊張を抑えるために、ゆっくりと深呼吸をしました。




