第97話 聖女は番がイケオジになった姿を想像し、ワクワクする
猛然とリュウに飛び掛かる、顔に刺青を入れた厳つい男性冒険者。
彼は背中に大剣を背負っていましたが、抜かずに素手のままタックルを仕掛けます。
――想定内ですわ。
リュウが声を掛けられた時点で、わたくしもフクも臨戦態勢です。
もちろん、声を掛けられた当人も。
ランスロット様は刺青冒険者が動き始めた瞬間に、ようやく剣の柄に手を添えました。
ソフィア様にいたっては、突然の出来事に全身が硬直してしまったようです。
襲われることを予測していたリュウは、瞬時に防御結界魔法を発動させました。
光の障壁が、体を包み込み込みます。
障壁に弾き返された刺青冒険者は、ギルドの床に尻もちをついてしまいました。
「全員で抑え込め!!」
ガラの悪そうな冒険者が、他に4名。
リーダー格らしき男の命令に従い、それぞれが別方向からリュウに飛び掛かっていきます。
わたくしはその光景を、黙って見守っておりました。
加勢の必要を、全く感じませんでしたので。
リュウの張った光の障壁に阻まれて、襲撃者たちは触れることすら叶いません。
ほれぼれするような強度の防御結界魔法ですわ。
リュウは、攻撃魔法を専門とする魔道士。
防御結界魔法は、専門外のはずなのに――
防御結界魔法や回復魔法を得意とするミラディース教会神官にも、ここまでの使い手はほとんどいませんわ。
最初に弾き飛ばされた刺青冒険者は起き上がり、光の障壁を必死に手で押し続けていました。
顔を真っ赤にしている彼に向かい、リュウは涼し気な黄金色の瞳を向けながら問いかけます。
「なあ、あんたら。なんで俺を襲ったんだ?」
すると刺青冒険者は、荒々しい声で答えました。
「ハッ! 自分の胸に聞いてみろ! 魔王様が直々に指名手配するような、重犯罪者が!」
「はあ? オフクロが俺を、指名手配だと?」
驚くリュウ。
刺青冒険者は、視線をギルドの柱へと向けました。
わたくしは身体強化魔法を発動させ、瞬時にその柱へとたどり着きます。
そこには、手配書が貼り付けられていました。
実物より凶悪に描かれたリュウの似顔絵が、手配書の中からわたくしを睨みつけています。
懸賞金は、300万モジャ。
「魔国中に、指名手配されていますわね。……ですが手配書には、『絶対怪我をさせないよう、丁重に連れてくること』と記載されていますわよ? 素手とはいえいきなり飛び掛かるなんて、怪我をさせる危険があったのではなくて?」
わたくしの指摘に、襲い掛かってきた冒険者達は顔を見合わせました。
まさかこの方々、手配書の内容をよく読んでいなかったのでは?
手配書という言い方も、語弊があります。
実質は、人探しの貼り紙ですもの。
しかしこれはよく読み込まないと、デザインがどう見ても凶悪犯罪者の手配書。
魔王ルビィ様の不手際といえるでしょう。
「ヴェリーナ。俺が手配されている理由について、手配書には何か書いてあるか?」
「……書いてありませんわね。魔王ルビィ様は、リュウを魔王城まで連れてくるようにと。それだけですわ」
「そうか……。俺が魔王城に向かっていることについては、オフクロも知っているはずなんだがな」
ミラディア神聖国を発つ前に、シミズバードを使って手紙を送ってはいます。
ただ魔国入りしてからは、連絡できていないのですわ。
高速飛行できる鳥型ゴーレムのシミズバードは、そんなに数が多くありませんもの。
「こりゃ、オフクロに何かあったか?」
顎に手を当て、真剣に考えるリュウ。
そうですわ。
こちらが向かっていることを知りながら、わざわざ冒険者ギルドに手配をかける理由。
それはきっと、早くリュウを見つけたいから。
急いで魔王城に連れてきて欲しいから。
魔王ルビィ様の事情が、何か変わったと考えるのが自然でしょう。
「先を急いだ方が良さそうだな。砂なまこを換金したら、すぐブレイズシティに向けて……」
そう言って受付カウンターに向かおうとしたリュウでしたが、ピタリと足を止めてしまいます。
同時にわたくしも、大勢の気配に気づきました。
数拍の間を置いて、ギルド出入口の扉が開け放たれます。
そこから十数人の人影が、なだれ込んできました。
顔をフードで覆っているせいで、顔や種族は分かりません。
分かるのは、訓練の積み重ねを感じさせる素早い動き。
そして全員がお揃いで纏っている、真紅のローブ。
彼らはわたくし達一行を、グルリと取り囲んでしまいました。
「赤竜魔法兵団……。火竜領の主たる軍事力を担う魔道士団が、冒険者ギルドに何か用かい?」
相変わらずリュウは、軽い口調。
しかし先ほど刺青冒険者達をあしらった時と違い、ピリピリとした緊張感を漂わせています。
それだけ赤竜魔法兵団は、手練ぞろいということなのでしょう。
わたくしもフクも剣聖ランスロット様も、すぐ行動できるように身構えておりました。
聖女ソフィア様だけが、状況に戸惑いオロオロしておられます。
そんな時、落ち着きのある声がギルド内に響き渡りました。
緊迫した空気をなだめてくれる、渋いバリトンボイスですわ。
「失礼しました、リュウ様。物々しい登場になってしまい、申し訳ありません」
バリトンボイスの主が、ゆっくりとリュウの前に歩み出ました。
「その声……ひょっとして、クレイ隊長か? 様づけはやめてくれよ。俺達、はとこ同士じゃねえか」
「お久しぶりです。ははは……。今では隊長ではなく、赤竜魔法兵団全体の団長を務めさせていただいております」
「隊長」と呼ばれた魔道士さんは、スルリとフードを外しました。
現れたのは、30代前半と思われる男性の顔。
かっこいいオジサマですわね。
ブライアン・オーディータ様と、いい勝負ですわ。
赤みがかった長髪は、後頭部の高い位置で括られています。
独特に編まれた東方由来の髪型は、弁髪と呼ばれているものですわ。
鋭い金色の眼差しは鋭く、リュウに似ている。
リュウも年齢を重ねたら、こういうダンディさが出てくるのでしょうか?
想像すると、ワクワクします。
「冒険者ギルドに依頼するだけでは飽き足らず、魔法兵団長自ら俺を捕まえようってのか? 犯罪者になった覚えは、ねえんだけどよ」
「分かっておられるくせに。あの手配書は、ルビィ様が悪ノリして作られたものです。私達が気付いた時にはもう、冒険者ギルドに話が行ってしまっていて……。後で宰相から、こってり絞られていましたよ」
魔王様というと、圧倒的な武力で全てを支配する絶対強者みたいな印象があったのですが――
どうやら宰相さんには、頭が上がらないようです。
「リュウ様、こちらの女性が……?」
「おう。オフクロから、話は聞いているだろ? 俺の番、俺の婚約者ヴェリーナ・ノートゥングだ。プラチナ級冒険者でもあるんだぜ」
「初めまして、ヴェリーナ様。私は赤竜魔法兵団団長のクレイ・ムラサメと申します。あなたのお噂は、かねがね」
わたくしの噂――ですか。
おそらくは、冒険者としての実績だけではないのでしょう。
魔法兵団長というお立場なら、聞き及んでいるはず。
地の魔王竜、ブライアン・オーディータ様との戦いも――
水の魔王竜後継者、シュラ・クサナギ様との戦いも――
ひょっとしたら雷の魔王竜ミツキ・レッセントとの戦いも、すでに聞き及んでいるのかもしれません。
そんなことを考えていると、団長さんはビックリすることをおっしゃったのです。
「我々赤竜魔法兵団は、お迎えにあがりました。次代の魔王陛下と、そのお妃様を」
「……忘れてたぜ。そういや団長は、俺がムラサメ家魔王竜の称号を継ぐべきだって考えだったな。魔王竜の称号を継ぐつもりはねえ。当然、この国の魔王にもならねえよ」
「まあ、今はそういうことにしておきましょう。お考えが変わることを、私達は願っておりますよ」
苦虫を嚙み潰したような表情をするリュウに対して、団長は意地の悪い笑みを浮かべていらっしゃいます。
私達と言ったことが、気になりますわね。
クレイ団長の他にも、リュウにムラサメ家を継がせて魔王にしたいという者がいるのでしょうか?
そう疑問に思っていた時でした。
団長以外の魔法兵団員達も、おもむろにフードを外し始めたのです。
魔族が多いですわね。
耳長魔族のエルフや、獣耳と尻尾を生やした獣人。
ずんぐりむっくりのドワーフや、背中に翼を生やした天翼族もいます。
人族っぽい方々もいるのですが、竜化していない竜人族という可能性もあります。
男性もいれば女性もいる。
多種多様な魔道士達で構成された集団ですわ。
共通しているのは、皆が笑顔をリュウに向けているということ。
「み……みんな! 魔法兵団に入っていたのか!? 懐かしい顔ばかりじゃねえか。ナフチン、アルマ、オライム、ウィニー、ショーホー、ビスコ、オットー、サキーマ……親父の下で、修行していた頃を思い出すぜ」
どうやらリュウの弟弟子、妹弟子の方々みたいですわね。
名前がたくさんあり過ぎて、とても憶えきれません。
久しぶりに会う方ばかりのはずでしょうに、スラスラ名前が出てくるリュウは凄いですわ。
魔法兵団の皆様は口々にリュウの帰還を喜ぶ言葉をかけ、握手を交わしたり肩を叩いたりしています。
ひと通り挨拶が済んだあと、彼らは整然と並びました。
そして胸に手を当てる、敬礼の姿勢を取ります。
『おかえりなさい、リュウ様。そして火竜領へようこそ、ヴェリーナ様』
全員による温かい歓迎の挨拶にホッとして、わたくしは全身の力が抜けていきました。




