第95話 聖女は最悪の未来を夢に見る
「……砂なまこを倒したのはいいのですけどぉ、どうやって冒険者ギルドに運ぶつもりなんですのぉ?」
なんということでしょう。
ソフィア様は砂なまこの切り身を輸送する手段も考えずに、「獲物を寄越せ」とおっしゃったようです。
無計画にも、ほどがあります。
わたくしは、ちゃんと考えておりました。
切り身を一箇所に集め、リュウの氷魔法でひとつの巨大な氷塊にしてしまうのです。
それを、わたくしが――
「ヴェリーナ……。まさかとは思うがよ……。身体強化魔法を発動して、担ぎ上げて行くつもりじゃねえだろうな? いつぞやの、エビルバッファローみてえに」
「もちろん、そのつもりですわ。エビルバッファローより砂なまこの方が何倍も大きいですが、今のわたくしなら……」
「オアシスの街や冒険者ギルドが大混乱になるから、やめてくれ」
リュウに、却下されてしまいましたわ。
良いアイディアだと思いましたのに。
「そんな荒業を使わなくても、大丈夫だ。俺に任せてくれ。実は火竜領に入った辺りから、新しい魔法を使えるようになってな……」
リュウは冷凍された砂なまこの切り身に近づくと、片手をかざしました。
すると次の瞬間、巨大な肉塊がフッと消えたのです。
「えっ? 砂なまこの切り身は、どこに消えたんですの? わたくしの動体視力でも、何が起こったのか全然見えませんでしたわ」
「へへっ。こいつはな、【空間収納魔法】っていうんだ。こことは違う別の世界を作り出して、そこに砂なまこの切り身を放り込んだ」
【空間収納魔法】ですって!?
異界より召喚されし勇者が使えたという、伝説の魔法ではありませんか!
とてつもない量の物資を自由に出し入れし、保管できるのだとか。
やはりリュウは、急激に力を増してきている。
「ちょっとぉ~! 守銭奴トカゲぇ~! アタクシ達の獲物まで、勝手に異空間に放り込みましたわねぇ! ネコババするつもりですのぉ!?」
聖女ソフィア様が、目を吊り上げて騒ぎます。
「アタクシ達の獲物」と主張しておられますが、倒したのはランスロット様なので彼のものでは?
「心配するな。冒険者ギルドに着いたら、ちゃんと出してやるから。腐らねえように、冷凍保存のサービス付きだ」
涼しげに言い放ったリュウはシルフボードに飛び乗り、わたくしの手を取って下さいました。
わたくし達は、気を取り直してブレイズシティを目指します。
置いていかれることを危惧したらしく、ソフィア様は慌ててソリへと走っていきました。
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太陽が砂丘の向こうに隠れ始めた頃、わたくし達はオアシスの街に到着しました。
街の門をくぐった瞬間、涼しい風が吹き抜けます。
とても心地いい。
これは空調魔法。
火竜領の村や街では、魔法で気温や湿度が適温に保たれているのです。
村や街の各所には、空調魔法を維持するための魔道具が設置されております。
それに魔力を定期的に供給することで、魔法が発動し続けるのです。
素晴らしい技術ですわ。
火竜領は魔法文明が発達していると聞き及んでいましたが、想像以上でした。
宿泊する宿は、街で1番大きな宿屋です。
もちろん、全員別々の部屋ですわ。
わたくしとフクは同室ですが。
婚約者なのだから、リュウと同室でも――と思いました。
ですが彼は、「正式に結婚するまでは」と頑なに同室を拒否します。
もう!
変なところで、真面目ですのね。
わたくしもリュウと一緒にいたいと思う反面、ドキドキして眠れそうにないのでありがたいのですが。
宿の食堂で出された夕食は、カレーと呼ばれる異国情緒溢れる料理でした。
トロリとした茶色の液体が、スパイシーな香りを放ち食欲を刺激してきます。
ナンという、モチモチしたものに付けて食べるのが作法なのだそうです。
口に入れると、濃厚で深みのある辛さに舌を蹂躙されました。
これはおいしい!
病みつきになってしまいますわ。
カレーをわたくしに食べさせたいという理由でこの宿に決めたリュウは、「どうだ? 美味いだろう」と言いたげなドヤ顔です。
故郷の料理が、誇らしいのでしょうね。
「ははっ。夢中で食べるヴェリーナは、とても可愛いな」
リュウから「可愛い」と言われるのは嬉しいのですが、食べる様子をじっくり観察されるのは恥ずかしいです。
食事ペースが、淑女としては速すぎるかと思っていたところですし。
頬が熱くなり、思わず俯いてしまいます。
わたくしは、食べる速度を落としました。
しかし結局、お腹がパンパンになるまでカレーとナンを堪能してしまいましたわ。
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満腹になったわたくしは、宿の自室に引き上げました。
石造りの建物は飾り気こそないものの、しっかりとした造りになっています。
砂漠の真ん中にある街なのに、宿の各部屋は上下水道完備。
これまで通過してきた村や街も、そうでした。
魔石を組み込んだ井戸から、清らかな水が無尽蔵に湧き出してくるのですわ。
水が豊富ということは、各部屋に設置されているお風呂も使い放題なのです。
じっくりと、お湯につからせていただきます。
身を清め、旅の疲れを癒すのですわ。
フクにも一緒に入ろうと誘ったのですが、
「オイラは精霊だから、お風呂になんか入らなくても綺麗なんだい」
と、拒否されてしまいましたわ。
火の魔石でお湯を張る仕組みの湯船を、1人で占拠してしまいました。
ああ、心と体がほぐれていく――
たっぷりと入浴を楽しんだ後は、髪を乾かします。
使用するのはドライヤーと呼ばれる、熱風を発生させる魔道具です。
火竜領には、便利な魔道具が溢れていますのね。
サッパリしましたが、就寝前にまだやることが残っています。
日課となっている、魔法修行です。
わたくし身体強化魔法以外の魔法はお話にならないレベルですが、訓練は欠かしません。
回復魔法、防御結界魔法、浄化魔法などなど、聖女時代に取得した魔法をひと通り発動させていきます。
ただ発動させるだけではありません。
できるだけ迅速に、精密にを意識しながら魔力を練り、術式を編みます。
「ご主人様の魔法って、凄いよね。精密さと高速発動に関しては、魔道に長けた種族……ハイエルフとかの上をいくかもしれないよ」
フクはベッドの上で丸くなり、わたくしの魔法訓練を眺めています。
ウネウネと動く3本の尻尾が、とても可愛らしい。
「ありがとう、フク。……ですが相変わらず、わたくしの魔法は無力ですのね」
回復魔法を行使しても、癒しの力は脆弱。
防御結界魔法は、吹けば飛ぶような強度。
いまや魔王竜に匹敵する魔力を身につけたというのに、なぜわたくしの魔法はこの有様なのでしょうか?
身体強化魔法だけは、人外の出力で使えているのに――
「身体強化魔法は、魔力の流れが体内で完結する魔法。ご主人様は、体外に魔法を放出する魔法が苦手みたいだね」
「そういえば出会った時、リュウからも言われたことがありますわ」
わたくしは、魔力を外に放出する経路が細いのだとか。
原因は、全く分かりませんけれども。
「ま、気に病むことはないさ。術式は完璧だし、魔力保有量も超人的なんだ。何かのきっかけで、強力な回復魔法がポンと使えるようになるかもね」
「フク……。あなたは優しいのね」
顎の下を撫でてやると、フクは気持ち良さそうに喉をゴロゴロと鳴らします。
モフモフにゃんこを胸に抱き寄せ、わたくしは早めに就寝することにしました。
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わたくしは、炎渦巻く戦場を彷徨っておりました。
建物の瓦礫を踏みしめながら、どこへともなく歩き続けます。
炎の嵐の向こうから聞こえるのは、耳をつんざくような悲鳴。
これはきっと、戦禍に逃げ惑う人々の声ですわ。
駆けつけて救助しようにも、悲鳴が反響して重なり合っているせいで距離や方向が分かりません。
わたくしにできるのは耳を塞ぎ、歩を進めることだけ。
やがて瓦礫の中に、1人の男性が倒れているのを見つけました。
獅子の鬣を彷彿とさせる金色長髪に、神聖な印象の白い装束。
ミラディース教会聖騎士の制服ですわ。
「お……お父様!!」
倒れていたのは、わたくしの父。
先代剣聖にして教会聖騎士だった、レオン・ノートゥング。
お父様の腹部には、深い傷がありました。
大量の血が溢れ出し、瓦礫を赤く染めています。
「くっ! すぐに回復魔法を!」
わたくしは急いでお父様の側に駆け寄り、回復魔法【リカバリーライト】を発動させます。
幾度となく、繰り返し修行してきた魔法です。
一瞬で発動し、淡い光がお父様の傷を包み込みました。
しかし――
「……ダメ! 傷が全然塞がらない」
悔しさのあまり、下唇を噛みしめます。
やはり、わたくしの回復魔法は脆弱。
全力で発動させているのに――
流れ出ていく血液を――生命を繋ぎとめることができない。
無力感に涙を流していると、お父様の手が持ち上がりました。
心細そうに、指先が震えています。
「ヴェ……リー……ナ……。助……けて……くれ……」
突然力を失って、パタリと落ちるお父様の右手。
ああ、成人になった今でも――夢の中ですら、お父様を助けることは叶いませんのね。
分かっております。
現実でお父様が亡くなったのは、今さら変えることのできない過去の話。
この光景が幻であることぐらい、理解はしているのです。
それでも――苦しい。
戦火で赤く染まった天を見上げ、わたくしは奥歯を噛みしめます。
そしてお父様の亡骸に、再び視線を落とした時――
「……え? なんで? ……どうして?」
剣聖レオン・ノートゥングは、姿を変えていました。
燃えるように赤い髪。
長めの犬歯が生えた口は、力を失って半開きになっています。
研ぎ澄まされた刀剣を連想させる顔は、生気を失い青白い。
膝の上には、最愛の番――
リュウ・ムラサメが、変わり果てた姿で横たわっていました。
「リュウ……? リュウ……? そんな……。嫌ぁああああああっ!!」
絶叫を上げることができたのは、幸運でした。
自らの声に驚いた体が覚醒して、悪夢から抜け出すことができたのですから。




