第94話 聖女はなまこの食感が好き
火竜領、虹色の砂漠――
ここの砂は白く、光が当たると真珠のような虹色に輝きます。
そんな幻想的な砂漠を、わたくし達一行は移動中です。
先頭は、リュウの操るシルフボード。
風の魔法で、地面から少し浮いて飛行する魔道具ですわ。
かなり推進力が強く、わたくしやフクが同乗してもグイグイと前に進んでゆきます。
シルフボードの後端には、ロープが結びつけられていました。
そのロープで何を引っ張っているかというと、聖女ソフィア・クラウ=ソラス様と剣聖ランスロット様が乗るソリです。
お2人とも火竜領に入ってすぐは徒歩だったのですが、ついに降参してしまったのですわ。
リュウはシルフボードで引っ張る分の運賃を取ろうとしたのですが、さすがにわたくしが止めました。
砂漠の旅ではありますが、そこまで過酷には感じません。
今は季節が冬ということもあり、日差しは思ったほど強くないのです。
また火竜領には、オアシスの村や街が無数に点在しています。
魔獣に襲われにくい昼だけ移動して、夕方からはオアシスの宿で休む。
そういう旅なので、割と快適なのです。
『ああ~っ! もう! いつまで砂漠を移動しなくてはならないんですのぉ~!? 汗で服がベトベトしますし、日差しでお肌が荒れてしまいますわぁ!』
わたくしにとっては気楽な旅なのですが、ソフィア様にとってはそうでもないようです。
牽引されているソリから、拡声魔法を使って不満をもらしていらっしゃいます。
あれでは同乗しているランスロット様も、うるさくて仕方ないでしょうに。
「……ったく。俺やフクの結界魔法で、日差しや暑さは軽減してやってるっていうのによ。もう目的地のブレイズシティは目と鼻の先なのに、大人しくできねえのか」
リュウは、面倒臭そうにぼやきます。
わたくし達が目指しているのは、火竜領中心都市にして魔国ヴェントラン首都ブレイズシティ。
そこにリュウのお母様である、魔王ルビィ様の居城――魔王城があるのです。
現在わたくし達は、ブレイズシティより1つ手前のオアシスに向かっているところ。
つまり今夜オアシスの村で1泊し、翌日にはブレイズシティに着くという位置まできているのです。
本当に、もう少しなのですが――
ソフィア様は、我慢ならないといったご様子。
水分は、たくさん補給しておられます。
ソリに乗って引っ張られているだけなので、ご自分の足で歩いてもいません。
それでもまだ、彼女にとってはキツいようで。
「ソフィアなんかもう、砂漠の真ん中に置いていっちゃおうよ~」
わたくしの肩に座っていたフクが尻尾をニョロニョロさせながら、呆れた口調で言い放ちます。
「フク、それはあんまりですわ」
「え~。ソフィアってご主人様が教会から追放されるように仕組んだ、ひどい奴じゃん。優しくする必要なんて、ないと思うけど? 役割は、オイラの下位互換だしさ」
下位互換という言い方は感心しませんが、確かにフクとソフィア様はパーティ内での役割が被ってしまっています。
共に回復役なのです。
回復過剰もいいところですわ。
そんなことを、考えていた時です。
リュウが静かにシルフボードを停止させ、地面に降り立ちました。
「なんか、妙だ……。ヴェリーナ、フク、警戒してくれ」
ピリリと張りつめた空気が、周囲に充満します。
「ちょっとぉおおお! なんでシルフボードを、止めるんですのぉ!?」
ソリを降りたソフィア様とランスロット様が、後方から走り寄ってきました。
ソフィア様は、状況が飲み込めていないようです。
しかしランスロット様は聖剣の柄に手を掛け、辺りを警戒していらっしゃいます。
もちろんわたくしも、臨戦態勢ですわ。
魔獣の気配を感じますもの。
数秒もしないうちに、遠くの砂丘が吹き飛びました。
砂煙をかき分け、地中から巨大な影が出現します。
長い芋虫状の体を、空に躍らせる魔獣。
全長は、軽く見積もっても30mはあるでしょう。
口の周辺からはグロテスクな触手が生え、獲物を求め蠢いていました。
この魔獣は、ミラディア神聖国で討伐したことがあります。
でもあの時の個体より、ずっと大きい。
「砂なまこだ!」
リュウが警告すると同時に、別の方角でも砂が天高く噴き上がります。
現れた砂なまこは、1匹だけではありませんでした。
全部で4匹もいます。
「ひぃいいいっ! なんですのぉ!? あの気持ち悪い魔獣は!?」
「ソフィア様、あれは砂なまこです。見た目はちょっとアレですが、食べるとコリコリして美味しいんですのよ」
「ヴェリーナは、あれを食べると言うんですのぉ!? 正気の沙汰ではありませんわぁ!」
恐怖心を取り除こうと話しかけたのに、ソフィア様はドン引きしてしまいました。
「砂なまこは食材として冒険者ギルドに持っていくと、かなり高値で売れるんだぜ。俺とヴェリーナで、全部狩っちまっていいんだな?」
リュウ――
今日もギラリとした笑顔が素敵ですが、瞳が金貨になっています。
「高値で売れる」という情報に、ソフィア様も目の色が変わりました。
「ひ……独り占めは、ズルいですのよぉ! アタクシ達にも、獲物を寄越しなさいなぁ! ちゃんと狩ってみせますのよぉ……ランスロット様が!」
ランスロット様に、丸投げとは――
ソフィア様は、相変わらずですのね。
「ソフィア……。いいだろう。剣聖たるこの私が、下賤な魔獣など全て斬り伏せてみせよう」
丸投げされて怒るかと思いきや、ランスロット様はやる気満々のようです。
紫色の長い髪をかき上げ、攻撃的な笑みを浮かべています。
婚約者であるソフィア様の前で、いいところを見せたいのでしょうか?
「へっ! ヴェリーナとフクは、休んでな。俺と優男の2人だけで、充分だぜ」
あらあら。
リュウも張り切っているようです。
いえ、ちょっと違いますわね。
わたくしは冒険者として経験を積み、戦闘慣れしてきました。
しかし未だに、暴力が好きではありません。
だからなるべく代わりに、荒事を引き受けてくれるつもりなのでしょう。
敵は大きく、数も多い。
ですが今のリュウなら、何も心配する必要はありません。
砂なまこのうち3匹が、一斉にリュウへと襲い掛かります。
2匹は砂を掻き分けながら、左右から挟撃。
もう1匹は飛び跳ね、頭上から。
「まずは、手頃なサイズに捌かせてもらうぜ」
リュウが内から外に向かって、サッと腕をひと振りします。
次の瞬間、3匹の砂なまこはバラバラになりました。
風の刃で、敵を切り刻む魔法ですわ。
それを、こんな広範囲に――
発生させた刃の数も、尋常ではありません。
「凍っちまいな!」
バキリと音を立てて、周囲の時間が止まります。
砂なまこの切り身は全て、瞬く間に氷漬けです。
体液や内蔵を、撒き散らす暇もありません。
氷の魔法【プラチナムワールド】。
リュウが得意とする魔法ですわ。
出会った日も、ローラステップで魔獣の群れ相手に使っていましたわね。
ですがあの頃と比べると、威力、発動速度、消費魔力効率、攻撃範囲が段違いです。
――また、強くなっている。
魔王竜と戦い、退ける度に、リュウ・ムラサメは進化しているのですわ。
「こっちは片付いたぜ。……優男の方は、どうかな?」
わたくしとリュウが視線をランスロット様の方に向ければ、そこには剣を抜き放った剣聖の姿がありました。
妖しい薄紫色の輝きを放つ刀身――
名を、【聖剣イネイブラー】というそうですわ。
「イネイブラー! 私に力を!」
ランスロット様の呼びかけに応じ、聖剣から帯状の光が放たれます。
光はグルグルと、ランスロット様の全身に巻き付きました。
よく見ると、光の帯は細かい魔法文字で構成されています。
「ハァッ!」
裂帛の気合と共に、ランスロット様は砂なまこへと駆け寄ります。
――速い!
「奉竜大武闘会」で、わたくしと対峙した時よりもずっと。
一太刀で砂なまこは真っ二つになり、絶命しました。
それだけでは終わりません。
さらに無数の剣閃が走り、砂なまこは細切れに解体されてゆきます。
凄まじい動きです。
奉竜大武闘会でランスロット様が【聖剣イネイブラー】を振るっていたら、わたくしはもう少し苦戦したかもしれません。
しかし、ちょっと気になりますわね――
「おい、優男。その剣は、本当に大丈夫なのか?」
ランスロット様に、リュウが問いかけます。
どうやら、わたくしと同じ不安を抱いたようですわね。
刀身に付着していた砂なまこの体液を振り払いながら、ランスロット様は涼しい顔で答えます。
「『大丈夫なのか』とは、どういう意味だ? このイネイブラーは、フレデリック・デュランダル教皇猊下が直々に貸与して下さった聖剣だ。凄まじい力だが、私がきちんと管理していれば安全性に問題はない」
わたくしとリュウは、顔を見合わせました。
こう言ってはなんですが、ランスロット様の回答を鵜吞みにはできません。
「ランスロット様。その聖剣は戦闘時、ランスロット様の体を支配する術式を展開しているように見受けられました」
2つ、似た物に心当たりがあります。
1つは雷竜領の人型機動兵器、マシンゴーレム。
あの機体を制御していた術式と、聖剣がランスロット様の身体を操っていた術式がそっくりなのです。
もう1つが、隷属の首輪。
元異端審問官、グーン・グニル達が研究していた魔道具。
装着者の自我を奪い、外部からの魔力操作により操るその仕組み。
これもまた、【聖剣イネイブラー】との共通点を感じます。
マシンゴーレム、隷属の首輪、そして【聖剣イネイブラー】。
全てミラディース教会が関与した技術だということに、底知れぬ不安を覚えます。
何者かの邪悪な意思が、介入している気がするのです。
「【聖剣イネイブラー】は、私の力を引き出してくれているに過ぎん。この聖剣を悪く言うのは、教皇猊下に対する侮辱と同意だ。控えてもらおうか」
わたくし達が向ける疑惑の視線を受けて、ランスロット様は不機嫌になりました。
眉間に皺を寄せながら、【聖剣イネイブラー】を鞘に納めます。
――その時でした。
「ヴェリーナ! 下だ!」
砂漠に鋭く響く、リュウの警告。
わたくしが足元に魔獣の魔力を感知したのと、同時でした。
砂なまこは、もう1匹いたのです。
地面が激しく揺れます。
わたくしは飛び出してきた砂なまこに、丸のみにされて――
――などという結末には、もちろんなりません。
「【フィジカルブースト】、出力全開」
わたくしは膝を曲げ、片足を少しだけ持ち上げます。
そのまま足裏を、勢いよく大地に叩きつけました。
轟音と共に、砂漠に穿たれる大穴。
衝撃波が砂嵐となって、周囲に吹き荒れます。
「……仕留めましたわ」
砂なまこの姿は確認できませんでしたが、足元の魔力反応は完全に消えました。
地中で圧死したのでしょう。
「【聖剣イネイブラー】より、君の方がよっぽど危険な存在だな」
ランスロット様は、青ざめた顔でわたくしを見つめていました。
乙女に向かって、「危険」とはあんまりではなくて?
でも確かに、危険視されるのも分かります。
わたくしの魔力は、最近異常なほど強くなっている。
リュウが魔王竜達との戦いで、力を伸ばすのに呼応するかのように。




